第2話 死ぬ前に散々罵倒することにした。
『言いたいことはそれだけか、貴様』
女神サマが憤怒の形相で俺を見下ろしている。
こんなに馬鹿にされたことないんだろうなァ、目元がぴくぴく痙攣してやがる。
気に入らねえならとっとと殺せばいいってのに、即死もさせてくれねえ。
マージで性格悪いわ、この畜生。
「まだまだ、去年改訂された、国語辞典のページ数、くらいは、ある。理不尽には、言い返さねえと、気が済まねえんだ、オレはよ」
肋骨はグズグズだし、肩は両方抜かれたし、足の指は半分折れた。
痛すぎて喋る度に視界がスパークしやがる。
だがまだ口は元気だ。
消滅する瞬間までボロクソに罵ってやらぁ。
「もうやめろって!そんなことをしても何の得もにもならない―――」
「なるに決まってんだろこのハーレム野郎がよ!俺が!満足すんだよ馬鹿!いっつもいっつも違う女連れで登校しやがってなァ!?」
「んなっ!?きゅ、急に何言うんだよおっさん!!」
まーだ文句付けんのか、この野郎。
これは、オレとこのクソ女神モドキの喧嘩だってのに。
そんなに参戦してえなら……させてやるよ!!
「うるっせえ!オレはまだ25だっつうの!……そういえば先週の金曜日、路地裏でベロチューしてた外人のセンセとはどうなってんだァ!?」
「ひぇっ!?にゃ、にゃにを……!?」
「いくら夜だってなあ!街灯にバッチリ浮かび上がってたぞォ!?かわいいかわいい幼馴染2人抱えてんのに!贅沢なこったなァ!?」
ひょっとして見られてねえと思ってたのか、コイツ。
馬鹿じゃねえの?一緒に帰ってた同僚がバッチリ写メってたわ。
最近のカメラはすげえんだぞ。
「あーくん!外人の先生ってまさか……!!」
「アキラくん!あのオジサンが言ったことは本当ですか!?」
ケケケ、ざまあみろ。
女2人に詰め寄られてら。
馬鹿野郎が、クチバシ突っ込んでこなけりゃ見逃してやったってのによ。
「いや違う!違うんだ!それはあのオッサンの嘘d」
「あれってメアリー・ローズ先生だよなァクソガキぃ!!俺の仕事忘れたのか間抜けェ!そっちの教職員とは面識があんだよォ!!」
半分乳放り出したAVみたいな女教師だよな。
ウチの会社でも有名なクソビッチだったぜ!
新人が挨拶行くたびに粉かけられてたからな!!
……オレ?
飲みに行って誘われたけど、香水がキッツイから断ったら担当から外されたわ。
よかった、ヤんなくて。
あのアホと穴兄弟はゴメンだぜ。
ありゃ、男ならなんでもいいってタイプだな。
「後輩が性病移されて難儀したってよ!てめえも!身に覚えがあんなら!とっとと泌尿器科行っとけよ!!異世界にあるかは知らねえけどなァ!?」
「う、嘘だ!嘘だァ!先生がそんな……!そんなァ!!」
え?そっちに突っ込んでくんの?
おいおい……どうすんだよ白状したようなもんじゃねえかよ。
「あーくん!あーしだけって言ったじゃん!!」
「アキラくん!そういうことは私とだけだって……え!?ちょっと待ってミカちゃんも!?」
「うっそ!?クミちゃんも!?」
うーわ、うーわ。
コイツ生粋の〇ンコ野郎じゃん。
可哀そうに、この2人も既に……か。
性病検査だけはキッチリしとけよな。
子供産めなくなるぜ。
「あ、うう、そ、その、えっと……」
「……嬢ちゃんたちよォ、申し訳ないが、義妹とかって、ツインテールの女とも……ヤってるぜコイツ。ラブホから、腕組んで出てきたからな、ゴボッ」
うあ、ゲロかと思ったら血だった。
完全に肺がイカれ始めたな、息が死ぬほど、苦しい。
「お前!!お前もう!!!喋るなよぉおおおおお!!ヤメロヨオオオオオオオオオッ!!!!」
ハーレム君が目を血走らせて吠えた。
わー、自白だ。
完全な自白だ。
いいぞもっとやれ。
恥を全方位に晒せ、〇ンコ野郎。
「テメエが、ちょっかい……かけてきたから、だろうがよ。〇リチン性病男が、ハーレムは別に、好きにすりゃいいが、隠れてコソコソってのは、気に入らねえなァ」
ああくそ、喋り辛い。
残り時間はどれくらいだ?
消滅するよりも血でおぼれ死ぬ方が早そう、だぞ。
「あとは、ああそうだ、人妻っぽい、泣き黒子の色気のあるウェーブヘアのオネーサン、だな。てめえ、同じホテル使いすぎ、だわ……オレがデリヘル呼ぶ時に限って、いるしよ」
「ちょっと!ナキボクロってまさか……まさかユミコおばちゃん!?マジで!?あーくん何考えてんの!?さいってい!!」
おっとと、世間が狭い、ねぇ。
本当に救いようがねえな、この餓鬼。
「たしか先月の……25日、だな。時間は、夜の、8時過ぎ、か?」
職業柄、スケジュール管理は万全なんだよ。
ケケケ、ザマミロ。
「女神サマぁ!!その失礼なオッサン、殺しましょう!!今すぐ殺しましょうぅう!!!」
「心配、しなくっても、もう死ぬって。視界、霞んできたし……嬢ちゃんたちよぉ、好みはそれぞれ、だけど、少なくともコイツだけは、やめときなァア!?」
うお!?
なんだなんだ!?
さらに引っ張り上げやがったコイツ!?
もう地上10mはあんだろ、ここ。
高所恐怖症なんだよなあ、最期くらい地面の上で殺してくんない?
しかしまあ人間サイドは修羅場だねえ。
嬢ちゃん2人に胸倉掴まれてやんの、アイツ。
あ、今ギャルがビンタした。
やれやれ、やっちまえ!目を潰せ!目を!!
金玉でもいいぞ!!
『よくもまあ、囀るものだ。鬱陶しい』
女神サマはご機嫌ナナメでいらっしゃる。
そりゃあワザと、ウザく喋ってるもんでね。
「テメエの、不始末で、こうなってんだ。恨み言の、ひとつ、でも……ごはっ、言わせろや、露出狂、乳首見えてんぞ、痴女ッ!?っが!?」
あーあ、足の指全部折れたわ、クソいてぇ。
さーて、と。
次は指かね?
じわじわ感覚まで薄らいできやがったから、な。
どんとこい、だ。
『減らず口を……!!矮小な人間如きが……!!!!』
それでも視線は気になるようで、布を動かすところが笑える。
性格は最悪だけど、乳首だけは綺麗だなあ。
最後にいいもん見れたぜ。
「そのワイショウなのに、ボロクソいわれて、いいザマだなァ?そのイラついた声だけで、冥土の土産にゃ、十分だ、けけ、け」
『まだほざくか……!!』
女神サマの両手に、何やらキラッキラした光が集まってきた。
おおっと、必殺技かなこりゃ。
ありがてえ、綺麗さっぱり消し飛ばしてくれるなんざ優しいねえ。
ちまちま骨折られるよりよっぽどいいや。
正直、そろそろ金玉辺りを破壊されるかってヒヤヒヤしてたんだ。
『残滓すら残さず、消滅させてやるぞ、下郎!!!!』
「やーい、怒った、虫けらレベルの下等生物に、馬鹿にされる気分はどうですかァア!?っぐっが!?馬鹿やろ!?」
信じられないことだが、左手が消し飛んだ。
消滅じゃねえなこれ、爆弾で吹き飛ばされた感じだ。
感覚が薄くなってたのが嘘みてえに、死ぬほどいてええ!!
『……許しを請えば、一思いに消滅させてやるぞ』
あっふーん……そういうこと、言うんだ。
じゃあ決まったな。
オレの、最期の、意地だ。
絶対に、コイツの言う通りになんか、してやらねえ!!!
「ここまで、来て、吐いたツバ、飲めるかよ。もう一回、乳首見せてくれたら、犬の真似くらいは、してやるけど、な」
『下郎ォッ!!!!』
「いいいいいっ!?ううぐ、っが、ああああ!!下手くそ、オォ!?近眼女神がァ!!」
さよなら、オレの両手。
今までありがとうな。
おっつけ本体も行くぜ、待っててくれよ。
やっべ、意識が保てなくなってきやがった。
完全に血が出過ぎたせい、だな。
っていうかショック死とか、しねえの?こういう場合。
この謎空間のせいかもしれんなあ……ファンタジー万歳、だ。
「ゆるせない!この、オンナの、敵イィ!!」
「げっば!?ひゃめ!?ひゃめで!?いっだ、いっだい!?」
「最低です!最低!!」
下の方ではギャルがハーレム君に馬乗りになってパンチの雨を降らせている。
清楚系の彼女も、動きの取れないあいつの頭を革靴でガンガン蹴飛ばしてるな、いいキックだ。
オレが死ぬより先にアッチが死ぬんじゃねえか?
男には実感があんまないが、処女を糞野郎に捧げたってのは大層辛い事だろうしな。
大いに殴れ、蹴れ。
関係ないが、勝手に俺への手向けにさせてもらうぜ、嬢ちゃんたち。
「ああああ!いってえなあ……!」
『詫びろ、命乞いもだ』
「馬鹿じゃ、ねえの?この状態から……入れる保険なんて、あるわけねえだろ、貧乳、まな板、干しブドウぅう!?!?」
ああもう、今度は右足か。
マジで頭が消えるまで死ねない予感がしてきやがったぜ。
だが、まあ、いいか。
いけ好かないクソ駄女神モドキには最後に吠え面かかせられたし、癪に障るハーレム野郎はこの短時間で顔パンパンになってるし。
幕引きとしちゃあ、十分すぎんじゃねえか?
虫けらにも五分の魂、ってやつだ。
見たかよ、カス。
オレが死を受け入れかけた、その時だった。
どこからか、声が聞こえてきた。
それも、オレがこの世で一番格好いいと常々思っていた声が。
『―――吹くじゃねえかよ。気に入ったぜ』
渋さと男らしさが多分に含まれた、男の中の男の声。
マジかよ、なんでこのタイミングで聞こえてきたんだ!?
あの世からのお迎えってやつか?
『誰だ!?何故この空間に干渉でき―――まさか貴様ァ!?』
今までの余裕はどこへやら。
女神モドキは血相を変えて周囲に目をやり、声の主を探している。
うひょお、いい面だな、もっと見せろ。
まだ死ぬなよ、俺の目よ。
『こっちだ、間抜け』
またもや聞こえた格好いい声に続き、記憶に懐かしい轟音。
これは……この音は!!
『っぎ!?』
そして、いけ好かない女神サマの頭が突如として半分吹き飛んだ。
真っ白い空間に似つかわしくない、グロい内容物を周囲にぶち撒けながら。
『へぇえ、コイツは素敵だな』
床?地面?に倒れて痙攣を繰り返す女神サマ。
その足元の空間に、見覚えのある物体が見えた。
あのフォルム、あの色。
そしてなにより、先端から立ち上る―――
『いいモン出させてくれたぜ、兄ちゃんよ』
いつの間にか、そこには。
銃口から硝煙が立ち上るリボルバーを構えた、俺が知りうる中で世界一格好いい男がいた。
テンガロンハットをかぶって、ややくたびれたポンチョを羽織った……世界最高のガンマンが!
俺がこの世で一番好きな俳優の姿で!!
しかも喋ってるのは何故か日本語だ!
もう亡くなってしまった、あの名優の吹き替えで!!
『いらねえってんなら、この兄ちゃんはもらってくぜ。なあ、エリクシア』
ガンマンはそう言うなり、倒れた女神の頭部に向かってリボルバーを連射した。
着弾する度により一層痙攣する、その情けない姿を見て―――
「ひひ、ひ、ざまあ、みろ、アバズレ、が」
オレは、人生最高の気分で意識を失った。
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