駆け出し冒険者ウエストウッド
第6話 はじまりの街、アンファン。
「至れり尽くせりたぁ、このことだな」
拳銃の反動による痺れがやっと取れたころ。
オレは『異世界もろもろ 虎ノ巻』を片手に歩いていた。
別に二宮金次郎を気取ってるわけじゃない。
「こんなに贔屓されていいのかねえ」
開いたページに目を落とす。
そこには、地図が書かれていた。
中央には赤い光点があり、じわじわ動いている。
そう、これは本型のカーナビみたいなもんだ。
ご丁寧に目次に【リアルタイム地図】と書かれていた。
例によって注意書き付きだが。
『最低限の近場の地図だけは表示するように設定してある。それ以外はお前さんが歩いて確認しないといつまでも白紙のままだから注意しな』
『あとは君の目で確かめてみろ!!』
「……信用ならねえ攻略本かよ、はは」
というわけで、現状も装備の確認も終わったので近くの町まで移動している最中だ。
翻訳の加護ってのがあるらしいから会話には困らんだろう。
とにかく、この世界で生きていくしかないんだからな。
早いとこ金も稼がねえと。
すると、地図ページの横に文字が浮かんできた。
さっきまでは白紙だったのにどうした?
『俺としてはやっぱり転移転生の花形、【冒険者】がお勧めだ。素行調査もないし登録は無料だからな!!』
『もちろん強制はしないぜ!他にも職は山ほどある!この国は安定してるからな!』
「……リアルタイムで監視、か?神サマってのは存外暇だねえ。さすがにトイレや風呂あたりは勘弁してほしい所だ」
いくら命の恩人とは言え、そこはなあ……
向こうさんも見ても楽しくねえだろ?
と思ってるとすぐに文字が出てきた。
『そこは当たり前だろう?ちなみに【虎ノ巻】を開いて念じればすぐに筆談はできるぞ。プライバシーを重視したい時には閉じて背嚢にしまっておけばいい。それでこっちも察するからな、プライベートは大事だ』
「この世界、神サマと距離近すぎるだろ……まるで無料通話アプリだ」
まあいいか。
向こうさんはアホ女神モドキと違って良識はありそうだし。
今は孤独じゃないのがなにより有難い。
なにせここじゃあ正真正銘の天涯孤独だしな、オレ。
「しかし冒険者、ねえ」
確かに、特に苦労せずに就職できるんならありがてえな。
アニメや小説によく出てくる描写からすると、完全歩合制で自己責任っぽい職業だが。
年金や保険なんざ庶民には縁がなさそうだし、稼げるうちに稼いでどっかにコネでもこさえとくかねえ。
とにかく、まずは日銭を稼がねえと始まらねえな。
『忘れてた、対外的なお前さんの出自なんだけどよ……』
神サマと半筆談という稀有な経験をしながら、舗装されていない原野の風景を楽しんだ。
のどかでいいねえ……気が抜けちまう。
いや、バイオレンスが欲しいわけじゃねえんだが。
「では、次!」
城塞までゆっくり歩いていくと、立派な城門の前に人が列を作っていた。
並んでいたのは多種多様……どころじゃねえ。
地球みたいに肌の色が違うとかそういう次元じゃなかった。
ケモミミが生えてるの、トカゲみてえな尻尾が生えてるの、背が無茶苦茶高いの、低いの。
マジでアニメかゲームの世界だった。
空飛ぶトカゲもどきにもそりゃあビックリしたが、こっちは距離が近い分より現実感がある。
おっといけねえ、あんまジロジロ見てると悪いな。
帽子、深くかぶっとこう。
「よし入れ、では次!」
列の先頭には、槍を持った兵士が4人。
1人が質疑応答し、残り3人は通過する対象を油断なく見つめている。
しかしでけえ城門だなあ……魔物の襲撃とか戦争とか、色々あんだろうなあ。
昼間だってのに、かなりの警戒ぶりだ。
門の上にある銃眼越しに、クロスボウみてえなもんも見えるし。
ヘタな事したら蜂の巣になって即死だな。
「よし入れ、次!」
しかしアニメでよく見る、人の頭にケモミミ付けたようなのと違って……ここの獣人?はケモノ成分が多いな。
男も女も、毛皮って感じ。
夏はしんどくないのかね。
毛が生えてないのは顔くらいのモンだな、嫌いじゃねえけど。
「よし入れ、ではつ……見慣れん格好だな?どこから来た?」
おっと、異世界ケモミミ事情に気を取られてたら俺の順番か。
兵隊さんには愛想よくしとかねえとな。
かといって敬語を使いまくるのも問題だ。
それなりの口調ってもんがあるしな。
受け答えはしっかりと、だがぶっきらぼうに……って感じだ。
しかしみんな目を丸くしてるが、そりゃそうか。
さっき並んでる時に観察したが、マカロニ・ウエスタン出身ファッションはオレしかいなかったしな。
「ああ、【ミディアノ】から来た。仕事を探しに」
オレがそう言うと、4人の兵隊が緊張した空気を纏う。
「ミディアノ……の、どこだ?」
「南の【ゲルン城塞都市】からだ」
「そ、それは……苦労したろう」
質疑応答担当の兵隊が急に優しくなった。
見たとこ50代くらいのオジサン兵士は、オレを心配そうに見ている。
……自分で言っといてなんだが、効果てきめんだな。
【ミディアノ】ってのは国の名前だ。
ここ、ガンディエントの国からは遥か南……例の激ヤバ半島との結界の近くに『あった』国だ。
モンコ曰く、国王が何かやらかして国中でドラゴンが大量発生してあっという間に滅んだんだとよ。
オレが続けて言った【ゲルン城塞都市】ってのは特に被害が多かったと有名らしい。
そんな離れた場所なら、見慣れない格好でも不思議はなかろう、ってのが狙いだ。
旧ミディアノの住人は、こんな大陸の端にはいないだろうしな。
理由を聞かれてたら『身内が全部死んで、何もかも嫌になった』とでも言っときゃいいだろう。
「いや、大変だったのは最後まで戦った兵士連中さ」
「そうか……すまないが市民と準市民以外は入場に銅貨3枚の税を取る。もし持ち合わせがなければ後払いでも……」
つくづくお優しい兵隊さんだ。
嘘の経歴で申し訳なくなってくるな。
「問題ない。それくらいはな」
そう言って、兵隊さんに銅貨を払う。
背嚢に財布が入ってたんだ。
中身は小銭だったが、ありがたい。
「そうか……武器は剣と……うん?その腰のものは?」
兵隊さんがホルスターを見た。
そりゃあ見慣れないものだからな。
「ああ、先祖伝来の魔法具だ。もっとも、大したもんじゃないが」
「ふむ、なるほど。街の中で振り回すんじゃないぞ」
「ああ、もちろん」
先祖伝来どころかさっき伝来なんだがな。
それ以上突っ込まれなかったのは、この世界においてよくあるモノだからだ。
家に受け継がれ、直系の血筋以外には絶対に使えない魔法アイテムが。
内容はコンロから剣までなんでもある、らしい。
だから結構ありふれていて、そこまで貴重なものじゃない。
中にはとんでもないモノもあるにはあるらしいが、それらは一様にデッカイという共通点がある、らしい。
だから腰にマウントできる程度の拳銃なんざ、大したものじゃないって判断されたんだな。
全部虎ノ巻の受け売りだ。
説明書があるってありがてえなあ。
「背嚢の中は……うん、おかしなものはないな。入れ!」
オレの背嚢を覗き込んだ兵隊さんは、大きく頷いた。
どうも、この背嚢はオレ以外が見ると適当な『一般的な旅人の荷物』に見えるらしい。
これも虎ノ巻に書いてあった。
うーん、マジで便利。
「あ、ゲインさん!」
門を潜ろうとすると、後ろにいた若い兵隊が質疑応答の兵隊さんに慌てて叫んだ。
な、なんだ?
魔法金属探知機にでも引っかかったか?
「あー……見慣れない旅人なんて久しぶりだったから忘れていた。おい兄さん、すまんが帽子を取って顔を見せてくれ、それに名前も」
あ、そういうことね。
テンガロンハットを取り、振り返って目線を合わせた。
「―――ウエストウッドだ」
こっちに来てから考えていた偽名を告げる。
ネタ元はもちろん、オレ史上最高の俳優だ。
だが、オレみたいな若造が同じ名前を名乗るなんておこがましいにもほどがある。
よってイーストではなくウエストにさせてもらった、ってわけ。
苗字も東森だし。
「ふむ、金髪に青い目か。それでは最後に……ええと、『アナタ、ハ、ニホンジン、デスカ?』」
「アーニャ……は?そりゃ一体何の呪文だ?」
「……いや、なんでもない。通っていいぞウエストウッド!」
「あ、ああ……ありがとよ」
行っていいと身振りされたので、できるだけ困惑の表情を見せながら帽子を被った。
これでいい……か?
「ウエストウッドさん、ようこそ【アンファン】へ!」
若い兵士に声をかけられた。
それに会釈しながら、アンファンの街に足を踏み入れた。
……しっかし、マジで警戒されてんだな、日本人。
いきなりカタコト日本語が聞こえてきたから反応しそうになっちまった。
わざわざ城門で確認までしてくるとはなあ。
日本人離れした外見だから聞かれないと思ってたんだがな。
ま、いいか。
兵隊さんもマジに疑ってる感じじゃなかったし。
「さて、と。目的地はとりあえず冒険者ギルドだなあ」
雑多な人間?が歩き回る街を見ながら呟いた。
色々考えたが伝手もコネもないし、そこへ行くしかなさそうだ。
モンコの小銭はあるにはあるが、金はそれこそいくらあっても困らんからな。
「手持ちの残金は銀貨10枚に銅貨が9枚、か」
虎ノ巻ペディアによると、銅貨が10枚で銀貨、銀貨が10枚で金貨、金貨が100枚で白貨とのことだ。
白貨だけ変化球な変換方式だが、金持ち向けの通貨らしいし庶民には縁がなかろう。
10進法ってのはわかりやすくていいなあ。
大陸でも東や南に行けば通貨が変わるらしいが、この国の通貨も使える。
さっき上げた【ミディアノ】みたいに国ごと消滅してると辛いようだがな。
それ以外は安定しててありがたい。
そして一般的な食事は銅貨2から3枚。
宿代は一晩銅貨10枚前後ってとこ、らしい。
お察しの通り虎ノ巻ペディアのお陰である。
無茶苦茶乱暴に考えると銅貨3枚が1000円くらいだとして……まあ宿代は3000円から4000円ってとこか?
物価がよくわからんが、そんなもんだろう。
ということは、現在の手持ちは3万強ってとこだな。
……結構リッチだ。
転移する前の財布に入ってたのは1万ちょいだから、金持ちになったな。
無一文で放り出されないだけ、優しいね。
大金貰っても困るしな。
この国には紙幣がないっぽいから、重さで死んじまう。
現状の懐事情を再確認したところで、早速行動開始といこう。
今は昼過ぎっぽい感じだから、まずはギルドだな。
今日中に登録とやらを済ませておくか。
「おねーさん、この赤いのってそのまま食えるかい?」
道沿いにある屋台の群れ。
そこで果物と野菜を売っていた人間っぽい女性に声をかける。
見た目はノーマル人間だ。
歳は50代くらい、か?
普通のおばちゃんだ。
「【ミズシマ】かい?ああ、皮も薄いから丸かじりできるよ!この季節のは瑞々しくて最高さね」
急に日本語っぽい名前出てくんじゃん、びっくりするなあ。
たまたまかね?
「へえ、じゃあ買おうかな。いくらだい?」
「2つで銅貨1枚だよ!兄さん、見慣れない格好してんね、旅人さんかい?」
おばちゃんに銅貨を握らせる。
世界が変わっても、こういう空気のおばちゃんは話好きって相場が決まってんだなあ。
「ああ、ここらで冒険者になろうと思ってね……ところでギルドはどこだい?今着いたばっかりでね」
なんにせよ、言葉が通じるなら怖いもんはない。
なんとかやっていけそうだ。
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