第74話 臭い汚い気持ち悪い、これがホントの3Kってか。
「ふむ、ふむふむ……やっぱりそう。えいえいっ」
杖を持って考え込んでいたララが、気の抜けた掛け声を出して腕を振る。
すると、村のやぐらに立っていた人影が痙攣して崩れ落ちる。
ありゃ、魔法か?
「精霊にぶん殴ってもらった、とても便利」
俺の表情に気付いたのか、ララの説明。
……意外とアグレッシブだな、精霊。
肉弾戦もできるんかよ。
「それで……あの村人に魔力が纏わりついてる。フレッシュ・ゴーレムに注がれてたのと、たぶん同じ」
纏わりついてる?
そいつは……
「『服従』でっか?それとも『洗脳』?」
相変わらず俺に抱き着いてるマギやんの質問。
もう落ち着いたから離してくんねえか?
鎧の金具が鳩尾に食い込んで超痛ェんだが。
「ん~……『洗脳』っぽい? それほど強力じゃないけど、村人の方が抵抗力皆無だからめっちゃ効いてる」
「はあ、成程……ウッドウッド、あん村人らはどっかの『術者』に操られとるんや。殺したらアカンで」
……洗脳?
そいつはちょっと面倒だな。
なあんだ、敵じゃねえのか。
「駄目なんだな、殺すの」
「むーん……まあ、罪に問われることはあれへんやろけどな?この問題が片付いた後はややこしいで~?……それに、まあ……ただの村人やしな?そないに脅威やあれへんやろ」
まあ、そうだなあ。
矢も魔法で防いでたし、魔法なんかも使えないっぽいし。
「ララ!どうだァ!?」
キショいゴーレムの方から、バルドが吠える。
見ると、再生し始めた足やら手やらを大剣でザクザク刻んでいる。
ミドットにいさんも両手の短剣を振り回して大忙しだ。
うっへえ、グロい。
「ん、もうちょっと!……ヴァシュカ、いける?」
「ああ、『後方』かい?」
俺の横にいたヴァシュカが、斧を軽く振りながら村の方へ歩き出す。
「まだいくつか変な魔力がある、新手が来たら適当に対処よろしく」
「あいよ、軽~く撫でとく」
撫でる……なんだろう、字面より偉いことになる予感がする。
具体的には、手足の1本2本はへし折りそう。
まあ、生きてりゃいいや。
初手で脳天ぶち抜こうとした俺よりマシだろ、たぶん。
「なあ、とりあえずゴーレムの頭ァ、潰したらいいんじゃねえの?」
やっとマギやんが離れてくれた。
俺がもう撃たねえと思ったらしい。
「やっこさんの魔導防壁が硬いねん。ウッドのジェーンちゃんかてアカンかったやん」
そう言えばそうか。
色々あったから考えてなかったが、『ジェーン・ドゥ』の弾丸が捻じ曲げられたのは初めてだ。
オーガイの野郎の剣もあったが、防壁?とやらは初体験だ。
「ん、術者をアレした方が楽……もうちょっと待って」
その時、村の方から門の開く音がした。
……来やがったか。
「結構多いねェ!」
ヴァシュカの声。
振り向くと、10人ほどの人影がある。
鍬とか鋤っぽいものを手に、ゾンビみたいな足取りでこちらへ来る。
「あっちはヴァシュカに任せといて大丈夫……バルド!森の奥から新手!」
「っへ!まだ来やがるかよ!」
「なーにが『死体はない』だよ村長!嘘ばっかりじゃんか!……よいしょォ!!」
ミドットにいさんが野球ボールっぽいものを投げた。
アレはいつだったかマギやんが使った……!
「うっお!?」
増幅された視界に、閃光。
森が、さらに明るく照らし出された。
「マジ、かよ……!」
そこには、ざっと数えただけで50を超えるゾンビ共がいた。
村人っぽいのに、冒険者っぽいの、鎧を着込んだ兵士っぽいのまで。
老若男女様々なゾンビだ。
『ジェーン・ドゥ』をホルスターに戻し、クロスボウを構える。
ありゃ、いくらなんでも多すぎる。
弾丸が足りねえ!
……ああ、本末転倒だがウィンチェスターちゃんが欲しいぜ!!
「はん!――雑魚の癖に、数だけは多いやん!」
マギやんの兜が展開され、ハンマーが一層光り輝く。
頼もしいねえ、俺の相棒は!
「ウッドとマギカはララを頼む!……ミドット!突っ込むぜ!」
「はーいはい!んじゃ、その前に肩借りるね~」
バルドの肩に、ミドットにいさんがひょいと飛び乗る。
そして、片手にナイフをまとめて持ち……空いたもう片方に取り出したのは短い杖。
前に持ってたやつか!
「『風さん風さん寄っといで、おいらの杖に寄っといで♪』」
まるでわらべ歌みてえに歌い出すにいさん。
短い杖を左右に振り、さながら指揮者だ。
呪文?なんで本来はもうちょい荘厳なんだろうが、残念ながら俺には『翻訳の加護』がある。
全部が日本語に聞こえちまうからなんか……すげえ違和感。
「『駄賃をやるから寄っといで♪』」
にいさんの杖の先端に、風が集まってきている。
なんか、薄青い色で光ってるからよくわかる。
「『あっちゃこっちゃで踊ってよ♪ 一切合切――ご破算に♪』」
きゅん、と何かが杖から射出された。
青い小さな竜巻みてえなもんが、ゾンビの前列に到達。
「うっひゃ!」
その竜巻はあっという間に10倍以上に膨らみ、ゾンビ共の体をぶちぶち千切りながら吹き飛ばしていく。
呪文の軽さと威力がまったくもって合ってねえぞ!?
「でかしたミドット!そんじゃ……行くぜェ!!」
「ほいほい、後ろはお任せ!」
兄さんが肩から飛び降りた瞬間、足元の地面を吹き飛ばしながらバルドが突っ込む。
「――オオオオオオッ!!」
バルドは走りながら、思いっきり大剣を横に振った。
すると何がどうなってるのかわからんが、猛烈に横回転しながら速度を落とさずにゾンビに向かっている。
なん、だありゃ!?まるで独楽だぜ!?
ミドットにいさんの魔法が蹴散らしたゾンビの前列。
その空いた隙間に、独楽状態のバルドが突入。
猛烈な勢いでゾンビを斬り飛ばし始めた。
もう、なにがなんだかわかんねえ……すげえってことだけはわかる。
「――見つけた。魔導防壁を掌握……『掴んで』『引きずり出す』!」
ララの杖が稲光を放つ。
すると、細い雷が走り……ゴーレムに纏わりつく。
何度かゴーレムの体表面でばちばちと電気が跳ね、キショい全身をガクガク震わせている。
「――なるほど、そういうこと。ウッド!魔法具、まだ撃てる?」
「いつでも!」
「今からゴーレムを起こすから、胸の真ん中を撃って!」
胸の真ん中?
頭じゃなくてもいいのかよ?
「応よ!」
だが、専門家の言うことには従おう!
クロスボウを左手に持ち替え、『ジェーン・ドゥ』を抜く。
「――起こす、よ!」
「GBAUAIIOBIIIIIIIIIIIIIIIII!?!?!?!?!?!?」
ゴーレムが不明瞭な悲鳴を上げ、下手くそなダンスでも踊るように体を揺らしながら――立ち上がった!
「――狙いやすくっていいが、やっぱりグロいぜ!!」
さっきより明るくなったお陰で、ゴーレムの胸がはっきり見える。
頭と同じように、そこにも人間の顔面がいくつも張り付いていた。
趣味が悪ィな!これ作ったヤツ!!
そして、ゴーレムの動きが止まった瞬間。
「――南無阿弥、陀仏ッ!!」
肩を入れて両手でしっかり構え、引き金を引いた。
マズルフラッシュがさらに周囲を照らし、肩に衝撃が襲い掛かる。
「ヒャッハー!ドンピシャやぁッ!!」
マギやんの歓声の通り、放たれた弾丸はゴーレムの胸に着弾。
いくつかの顔面を抉りながら大穴を空け、背中側へと貫通した。
同時に、ガラスの割れるような音が響き……ゴーレムの周囲に魔法陣が浮かび上がる。
そのどれもが、バラバラになっていた。
「制御宝玉が砕けた、コレでゴーレムはただの大きな死体の塊」
制御宝玉?
なんかこう、ラジコンの受信機みてえなモンが胸に埋まってたのか?
ゴーレムは、糸が切れたように動きを止めて地面に倒れ込んだ。
地響きを立てながら、同時に体がほどけて散らばっていく。
元になった死体、1体ずつに。
「うげ、なんでだ?」
「ララはんが『魔術的に縫合』しとるっちゅうたやんか。制御元がイかれてしもたら、縫合もパーやで」
「あ、なるほどな。そういうことかよ……糸とかで結んでるわけじゃねえし」
言ってる間に、クソデカゾンビは死体の山に戻った。
南無南無、俺は一切悪くねえが成仏してくれよ……
「で、ララはん。術者はどこにいてるんやろ?」
完全に忘れてた。
そうだよな、こいつらや村人をアレした大本が残ってるんだよな。
「ん、そこ」
つ、とララが杖で差す。
そこには、ゾンビの山。
……へ?
「あの中心にいた。ウッドの魔法具で……たぶん頭が吹き飛んでる、やったね」
「やってたんか」
うげ、マジかよ。
じゃあなにか?『術者』って奴はあのゾンビの中に隠れてたってことかよ。
……想像するだけでキショい。
どんなハイレベルな変態なんだよ。
「うわくっさ。ゾンビはコレだから嫌なんだよね~……」
「ぼやくんじゃねえよ、獣人の俺が一番辛ェんだからよ」
ミドットにいさんとバルドは、気が付いたら目と鼻の先にいた。
いつの間に動いたんだよ、近接職の銀級はバケモンだぜ。
漫画の世界だわ、まるで。
「村人も糸が切れるみたいにオネンネさ。いやあ、赤ん坊の次くらいには強かったねェ、あはは」
そして、息の上がった様子もないヴァシュカも戻っている。
ゾロゾロいた村人は、揃って地面に倒れ込んでいる。
「殺してないよね、ヴァシュカ」
「手加減間違えて2人ばかし骨を砕いちまったけど、全員生きてるよ……たぶんね」
「たぶんはアカンでしょ……?」
マギやんの力ないツッコミが、夜の闇に空しく響いた。
……まあ、とにかく一件落着、か?
「あ、全然終わってないから。油断は駄目」
ララの声に現実へ引き戻された。
落着、してねえのね……
この上何があんだよ、オイ。
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