第56話 さんざん待たされたんだ、ここらでカマすとするか。

「……どうだい、マギやん」




 いかにも依頼の途中ですって雰囲気を醸し出しつつ、声を潜めて横に尋ねる。




「……むむむ、こっちに真っ直ぐ向かっとるな。【遠目】の魔法でも使っとるんか?」




 マギやんが嫌そうな声色でそう答えた。


その顔には、例の液体金属が鏡のように張り付いている。


ちょうど、目の辺りにデッカイ片眼鏡のような形でだ。


あれで、歩きながら後方を確認してくれてる。


……この金属、マジで便利な。


重さがなきゃ、オレにも都合して欲しいぐらいだぜ。




 しかし、例の連中……ここで仕掛けてきやがるのか?


こんなに日も高くて、街の近所だってのに?


タダの馬鹿野郎か、それとも……




 白昼堂々動いても大丈夫な『何か』があんのか。




「んで、とりあえずどうすっかなあ」




「このまま行けば街の東門や。向こうさんの出方を見つつ、撤退やね」




「了解」




 アンファンの街には、東西南北に4つの門がある。


オレが初めて来た時に通ったのは南門で、一番デカい。


東門ってのはまだ通ったことはねえな。




「あのリーダーの犬コロのことで、今気付いたことがあるんや」




「ん?」




「アイツ、ウチをしつこう誘っとったけど……目は冷めとった。アレは自分でウチをどうこうする感じの目やあれへんかった」




 ……へえ、ってことは。




「あの軽薄なナンパ態度は、周囲に見せつけたフェイク……演技だったってことか?」




「確証はあれへんけどな。自慢やないけど、ウチはオトコの視線にはちょいと敏感なんや」




 ……まあ、そりゃ、なあ?


それだけでかい『武器』ぶら下げてりゃなあ?


それに、マギやんは顔も整ってるし。


本人は美女美女言ってるが、美少女って感じだけどよ。




「あーそうそう!ウッドはうまーく隠しとるつもりやろけど、バッチリ気付いとるで~♪」




「あーなんというか、その……すまねぇ」




 なんでオレに流れ弾が飛んでくるんだろうか。


本当にいたたまれねえ。




 仕方ねえだろ……それだけのお宝、見ない訳にはいかねえじゃねえか。


あ、いやこれはナシ。


これじゃただの痴漢野郎の言い訳に過ぎねえ。


猛省しねえと……




「んふー♪異世界産の酒知識と引き換えに、これから先も少しは許したるわ♪」




「……そんなに得意じゃねえんだけどなあ」




 ウイスキーは好きだったからなんとか製法辺りは言えるだろうが……日本酒やワインとなると初歩的なことくらいしかわかんねえんだよな。


この世界にも酒はあるし、探せば似たようなモンもありそうなもんだが……


エールとかはあったしな。




 しかしマギやん、なかなかに強かだ。


帝国ドワーフのオンナは怖ぇなあ。


いやまあ、他のドワーフも知らねえんだけどよ。






 歩き続けるうちに、草原は少し背が低くなり始めた。


その代わりに、ゴロゴロと転がる大岩が点在する区間となる。




「……距離は変わらず、か?」




「せやな。つかず離れずっちゅう感じ」




 マギやんからの報告から推察すると、後ろの連中は一定の間隔を保ったままこちらを追っているようだ。


尾行……にしちゃ様子が変だな、このままついてこられても街まで帰るだけだ。


オレ達の宿なりなんなりを特定すんなら、それこそ街で張ってりゃいいし……なによりオレに関しちゃもうバレてる。




 このまま歩き続ければ街の近くまで戻ることになるし、人の目も多くなる。


それなのに、なんで距離を詰めねえんだ?




 ……いや、待てよ。


たしかアイツら……!




「(マギやん、こりゃ『尾行』じゃねえ『追い込み』だ!ヤツの仲間はあと3人いる!)」




 思わず大声が出そうになるのをぐっとこらえ、マギやんにだけ聞こえるように言う。


そうだ、この前オレを張ってたのは最低でも6人だった!


朝からの騒動ですっかり忘れちまってたが、別動隊が動いてる可能性もあるんだ!




 ……あの犬っころ、まさかギルドで騒いだのも自分たちだけに目を向けさせるって目的かよ?


なるほど、そいつはたいした演技派だぜオイ。




「……向こうさん、大した役者やったっちゅうことかいな。こっから東門へ通じる街道まではまだまだある……その間に決める気ぃかい」




「っち、マギやん……どうすりゃいい?今から引き返すのは無理だ」




 なんたって背後には3人いるしな。


ここでオレ達が妙な動きを見せたら、一気に襲い掛かってくるかもしれねえ。




「ウッド、タリスマン持っとるか?」




「え?あ、ああ……【麻痺軽減】はあるぜ」




 例の毛玉事件からこっち、ずっと付けてる。


もうあんな思いは御免だからな。




「んしょっと……今からウチの肩に軽くツッコミ入れる感じで叩いてや。その時に『コレ』取るんやで」




 マギやんが首元の金属を動かし、肩の鎧の上にタリスマンを移動させた。


ほんっと便利だな、液体金属。




「ほ、ほんまかなんわ~!もうやめさしてもらいま~!」




 別に関西弁にする必要はないんだが、なんとなくそう言いながらツッコミつつそれを受け取る。




「へえ、古典式のツッコミやんか。ニホンジンは物知りやなぁ」




「古典……まあ、確かに古い漫才でしか聞いたことないけどな」




 貰ったのは、薄い緑色のタリスマンだった。




「【毒耐性】のタリスマンや。えげつない毒矢喰らっても、まあ即死だけは回避できるで」




「……そいつは、なんともありがてえや。マギやんは?」




 マギやんが胸をポンと叩いて一言。




「ウチの鎧は特別製や。【麻痺】と【毒】に対しては特に一級の防御効果を刻んどる……ウチらやと、ウッドの防御面がまず第一や」




 返す言葉もねえ。


金属鎧でも着ようかとは一瞬考えたが、ガモフのおやっさんのところで試着して諦めた。


あんなもん着て走り回れる気がしねえ。


聞くところによると重量を軽くする加護もあるみてえだが、値段が超絶に高い上にほとんど市場に出回らねえらしい。


世知辛いこったよ。




「ありがとよ」




どこに入っていたのか、なんかあったかいタリスマンをさりげなくポケットにしまう。


それと同時に、ポンチョの中でホルスターの留め金を確認。


いつでも抜けるように外しておく。




「……向こうが襲ってきたら殺していいんだよな?」




「せや。こないな人気のないとこで襲うっちゅうのは何やり返されても文句は言えへん」


 


 正当防衛が楽に成立するな……異世界最高。


殺伐としすぎじゃあるけどもよ。




「了解……マギやん、【ジェーン・ドゥ】は1日6発しか撃てねえ。撃ち切ったら魔力切れで昏倒するんだ……クラーケンの時みてえにな」




「っちょ、そないに大事なことサラッとバラしてええのん!?」




「はん、この期に及んで『仲間』に隠し事はナシだ。どうせこれからも付き合いが長くなるんだしよ」




 今更隠したって仕方ねえ。


この先、マギやんが敵に回ることはないだろうからな。




 まあ……万が一裏切られたら、アレだ。


オレのオンナを見る目が腐ってたってことでいいや。




「変態貴族をキャン言わしてよ、銀級になってよ、その後は冒険だ冒険。なんたって冒険者だからな、オレ達」




「ウッド……」




「ドワーフ伝統の諸国漫遊、すんだろ?オレも相乗りと洒落こむぜ」




 前を向いたまま、笑う。




 どうせ、この世界で目的なんざねえしな。


それに銀級になりゃあウィンチェスターも仲間入り。


戦力的には今よりもかなり充実することだろうさ。




「アンタ……ほんまもんのアホやで」




「アホで上等だ。理不尽に土下座して泣きわめくよか、よっぽど人間らしい生き方だぜ」




「……にへへ、アホや。ウッドのアホ」




 何が嬉しいのか、マギやんはニヤニヤしながら各所をタッチ。


液体金属が胴体の前面を覆い、見慣れた全身鎧へと変化し始めた。




「せやけど、ウチかてアホや。さっきも言うたけどおそろいで丁度エエなあ♪」




「おう、アホコンビで面白おかしく冒険しようぜ」




「んはは、アホコンビ!そこまで言われると逆に愉快や!」




 マギやんの顔に、金属が纏わりつく。


もう完全武装するつもりらしいや。




「罠を気にしてコソコソすんのは性に合わん……ココで迎え撃ったろうやないか!!」




 兜が形成されると同時に、マギやんはハンマーを引き抜いた。




「おうよ!」




 ここらは周辺に岩しかねえ。


だから、隠れる場所はおのずと限定される。


迎撃すんなら、結構いい立地だぜ!




 ポンチョの中で【ジェーン・ドゥ】を握り、左手で【ジャンゴ】を引き抜く。


日の光を反射する刀身が、『やっちまえ!』と叫んでいるようだった。


へへ、本当に別の所で盛り上がってるかもしれねえな!!




 マギやんとオレは、背中合わせの体勢で立った。




「おっ、向こうさん慌てとるわ」




 マギやんが言うように、後方の3人が目に見えて狼狽したように見える。


奴らは足を速め、こちらへ向かってきている。 




「へっへへ、じゃあ撃つかい?」




「アホぉ、まだ攻撃されてへん。わかってて聞いとんな?……向こうがあの様子っちゅうことは、『待ち伏せ』の場所はまだ先やな!」




 この世界には無線機なんてモノはねえ。


離れた場所に味方を伏せてんなら、何かわかりやすい方法で連絡を取るハズだ。


例えば……




「ビンゴやウッド!見てみい!!」




 3人のうちの1人……背格好からしてピットブルの方が、何か棒のようなものを空に向けた。


その先端から、赤い火花のようなモノが上空へと飛び出す。


まるで花火みてえだ。


夏の夜ならさぞ風流だろう。




「信号弾!アレで連絡を取ってんのか!!」




「シンゴウダン?そっちの世界じゃそない言うんか、アレは【報せ】の魔法や!」




 赤い光は高く高く打ち上がり、弾けた。


マジで花火だな、アレ。




 しっかし魔法ってことは、あのピットブル野郎のどっちかは魔法使いか。


似合わねえなァ、斧でも振り回してる方が似合ってるぜ!




 そうしている間にも相手側はどんどん近付いてくる。


しっかし走るのが速ぇな、なんかの魔法か?


それとも犬コロは元々足が速ぇのか?


オリンピック選手も真っ青、まるでケダモノみてえな速度だ。




「ウッド、いつでも撃ってええで!」




「はあ?攻撃されてねえじゃねえかよ」




「【報せ】の魔法を、危険を伝える以外の用途で使ったら何されても文句は言えへんのや!アイツらはウチらに何の声もかけてへん!叫べば聞こえる距離にも関わらずな!!」




「助かるぜ、異世界知識ってのはよ!……任せとけ、射程に入った瞬間にぶっ放す!!」




 まだ【ジェーン・ドゥ】は抜かない。


こっちの戦力を開示すんのは……確実に1人をぶち殺す時だ!!




 距離はぐんぐん近付く。


オレの目にも、3人の姿がはっきり見えてくる。




「―――来なよ、ゴミ共。まとめてあの世に叩き込んでやらぁ!」




 【ジェーン・ドゥ】のグリップを握りながら、オレは歯を剥いて笑った。

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