第58話 なんでもアリかよ、魔法ってやつは。

「て、めぇ……なに、しやがっ……た」




 この獣人女が何か言ったと思ったら、体が全然動かねえ。


なんとか目線だけは動くが、それ以外は指すら動かねえ……!




「っぐ。こ、んの……!!」




 やべえ。


隣のマギやんも動けそうにねえ。




 なんだこれ。


金縛りってやつか!?


地球にいた時、残業続きの激務でなったことはあったが……!




「へえ、結構いいタリスマン使ってんじゃないのさ」




 女……たしかウルドって言ったか……ともかくそいつは、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら近付いてくる。


くそ、コイツもさっきのハスキーのお仲間ってことかよ。




「アンタたちさあ、一体何やったの?ウチらまで動員かかるなんてさ、よっぽど偉い人に嫌われてんだねェ」




 こっちがロクに返事もできねえのは知ってるのに、よく喋る女だ。


特に答えも期待しちゃいないんだろうが。




「ドワーフ1人攫うだけの簡単な依頼……はん、なーにが。内容は大違いじゃないのさ、おかげで可愛い可愛い奴隷が1匹減っちまったよ」




 奴隷……さっきのハスキーのことか?


あれ?じゃあピットブルは違うのか……?


タダの部下ってことか?


まあ、別にいいが。




「ま、とりあえず……ねぇおにいさん、その物騒なの、『渡して』くれるゥ?」




 その声に、右手が動く。


俺の意思をガン無視して。




 動きを止めるだけじゃねえのかよ!?


強制催眠術ってやつか!?


マジかよなんでもアリだな異世界!!




「だ、れが、テメエ、なん、かに……!!」




「ハハ、逆らっても無駄無駄。……ソイツは厄介だからねえェ、没収させてもらうよ」




 ポンチョから、右手が出る。


【ジェーン・ドゥ】を握ったまま。




「大きさの割に、随分と威力のある魔法具じゃないか。今回の慰謝料にもらっといてやるよ……命の代わりに、ね」




「嘘、つけ……」




 殺すって顔に書いてあるじゃねえか。


近くまで来たからわかるがこの女、かなりキレてやがる。


よっぽどあの中の誰かがお気に入りだったらしい。




 しかし、渡せときたか。




「ことわ、る……!腐ったら、どう、すんだ……!!」




「口が減らないねえェ、ほんっと……腹立つ」




 っは、牙を剥くとマジで獣じゃん。


ちょっと仲良くはしたくねえなあ。




「っぐ、う、ウウウウ!!が、アアアアア!!!!」




 マギやんが吠え、なんか鎧から静電気みてえのが走ってる。




「うっわ、『動くな』!『止まれ』!!」




「っぐ!?!?」




 ウルドが叫ぶと、マギやんが上から押されたように膝を付く。


俺への金縛りは変わらんが、相手によって圧力?が増やせるらしい。


女の方はちょっと余裕がなさそうな感じだ。




「……馬鹿力じゃないか、応援が来るまでおとなしくしといてくれよ。さ、アンタ……『渡しな』」




「ぜったい、に嫌!だ!……獣、くせえんだよ風呂入れ!!こん、の阿婆擦、れ!!」




 だが、俺の腕は俺の意思に反して下投げの動き。


緩くなった握りから、【ジェーン・ドゥ】が空中へ飛び出る。




 愛銃は何回転かしながら空中を飛び……ウルドがそれをキャッチした。






 そう、してしまった。






「はん、恨むなら自分を恨み……なぁあ!?」




 ウルドがニヤケ顔を崩し、感電したように少し跳ねる。


同時に、俺への圧力が消えた。




「あーあー……だからやめろって言ったじゃねえかよ、残念でもねえし当然だぁな」




 まずはマギやんの肩を持って助け起こす。




「マギやん、大丈夫か」




「うあ……頭、クラクラするゥ……大丈夫やけど」




 頭を振りながら立ち上がるマギやん。


眩暈を起こしているようだが、問題はなさそうだ。


血とか出てねえし。




「あっが!?あああ!?!?アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?!?!?」




 ウルドは【ジェーン・ドゥ】を握りしめたまま、倒れ込んでのたうち回っている。


よく見ると、グリップを握った手がどす黒く変色しているのが見えた。


そしてそれは、手首の方へジワジワと染みのように広がっていく。




 うーわ、こうなるのか。


虎ノ巻に書いてあった項目を思い出す。






『所有者の許可なしに接触した場合、その対象者に神罰が下される、注意されたし』






 なるほど、神罰ね。


体は従ったが、心がNG出してるとオッケーってわけか。


洗脳とかされたらどうなんのかね……試したくねえから、いいタリスマン探そうか。




「えげつな……さすがは神さんの罰やな。そういえばウチむっちゃ触ってんけど、大丈夫やろか……」




 そういえば前に触り倒してたな。


駄目ならもうとっくに死んでると思う。




「マギやんは仲間だしオレがしっかり許可出したからな、問題ねえと思うぜ」




 オレ達が眺めている間に、ウルドの全身はあっという間に真っ黒になった。


毛皮越しだからよくわからんが、それでも地肌?は墨汁色だ。




「か……は……」




 ウルドの息が止まったと同時に、全身が『消えた』


溶けるとか崩れるとかじゃねえ。


完全に、元から何もなかったように一切合切『消え』ちまった。


地面には、【ジェーン・ドゥ】だけが転がっている。




「……『戻れ』」




 何となく口に出すと、出した右手には【ジェーン・ドゥ】の姿。


特に何の汚れもない。


……底が知れねえ相棒だな。




「あ、せやけど証拠あれへん……」




「あ」




 体ごと消えちまったら調べるもクソもねえじゃねえか。


仕方ねえ……




「後続を片付けたらさっきのハスキー共を探るか……あの女の言葉通りだったら完全に下っ端だけどよ」




「せやなぁ……」




 とにかく、周囲を確認。


まだ敵影は見えない。




「マギやんよ、そんでさっきの変な金縛りはなんなんだ?」




「たぶん『重圧』か『威圧』系の魔法具やろな。ウチの鎧の加護超えとったから、中々の上物やったんちゃうか?たぶん白金貨で取引されるような代物やで」




 ……マジかよ。


ソイツは……勿体ねえ。


アイツの体ごと消えちまった。


オレ達の今までの稼ぎを軽く超えてくるじゃねえかよ。




「ちなみにご禁制の魔法具やから捌けんで。所持しとるだけでとっ捕まるわ」




「消えてくれてよかった」




 そんな厄介ごとは御免こうむる。


ただでさえ、面倒ごとの渦中にいるってのによ。






・・☆・・






「……おかしい、気配があれへん」




 それから1時間ほど。


オレ達は岩陰に隠れながら後続を待っていた。


待っていたんだが……




「……ひょっとしてこれ、後詰は逃げたんじゃねえの?逃げるっちゅうか、報告のためにっちゅうか」




 誰も来ねえ。


マギやんはさっきの反省から、四方八方によくわからん金属片とか警戒ブザーみてえなもんをばら撒いていたが……何の反応もない。


オレのほうも、目を凝らして周囲を警戒したが新手はナシ。




「あの女獣人……ウルドとかいうのは何の連絡もしてなかったよな?それどころか『応援が来るまで待ってろ』みてえなこと言ってたよな」




「せやな……ひょっとしたら遠距離からあの女が死んだことを確認して逃げたんかもしれへん」




 うがあ、面倒くせえ。




「それにあの女『ウチら』って言ってたよなあ……オレが見たのは6人だが、ひょっとしたらもっと大掛かりな連中かもしれねえ」




「『ウチらまで回って~』っちゅうとったな確か。たしかに、力量には自信がありそうやったし……」




 ああいう言い方をするってことは、それなりの集団に属してるのか。


それとも、捕獲専門の名の知れた?奴らかもしれねえ。




「……マギやん、とりま警戒頼むわ。オレぁ、あのハスキーとピットブルの死体を漁るからよ」




「よっしゃ、頼んだで!……ところで、はすきーとかぴっとぶる?っちゅうのんはなんなんや?」




「あー……オレの世界によく似た顔面の生き物がいるんだわ。アイツらほど性根は腐っちゃいねえけどよ」




 中学の同級生がハスキー飼ってたな。


底抜けのアホ犬だったが、とにかく愛想がよくて可愛い奴だった。


こっちのハスキーとは大違いだったぜ。




 ともかく、ハスキーの死体から探ることに……うお。




「腹の中身が空っぽじゃねえかよ、おえぇ」




 マギやんのハンマーにぶちかまされた胴体が、綺麗に吹き飛んでいる。


内臓は周辺に均等にばら撒かれたみてえだ。


肉の焦げる臭いが食欲を減衰させていく。




「背嚢は……ねえな。防具とこのよくわからん槍みたいな武器しかねえ」




 武器には迂闊に触らないようにしとかねえと。


【ジェーン・ドゥ】よろしく、なんか呪いとかあったら困るしな。


放置してマギやんに任せるか。




 辛うじて胴体にへばりついている鎧の残骸……ううむ、小銭入れみたいなもんしかねえな。


オレじゃ判断がつかねえから、とりあえずマギやんに見てもらいやすいように目についたものを集めておこう。


ハスキーの鎧を脱がせ、逆さにして内容物を地面に落としておく。




「コイツはこんなもんか、んじゃ……残りのピットブル2匹を……」




 そうぼやき、ハスキーのなれの果てから視線を前に戻した。


そこに、見慣れた顔があった。


小学生の男子にしか見えねえ、先輩冒険者の顔が。




「うーわ、派手にやったね」




「おっわあぁあ!?!?っみ、ミドットにいさん!?!?」




 マジで無から現れたみたいな状況に、オレは悲鳴を上げて尻もちをついた。


気配なんか元からわからねえが、それでもこの見晴らしのいい所で急に出てくるかよ!?


忍者か!?この世界の小人は忍者なのか!?




「あーっはっは、いい反応だー」




 ミドットにいさんは、やっぱり小学生にしか見えない顔で歯を見せて笑った。




「さてさて、後輩くん。随分と面倒なことに巻き込まれてるみたいだねえ……ちょっと先輩に相談してみない?」




 だが、オレにとってはこの上なく頼れる男の表情だった。

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