第21話 毛玉と生餌と踏んだり蹴ったり。

「ったく……異世界噂システム恐ろしすぎだろ」




 周囲に誰もいないのを確認して、ぼやく。


現在位置はアンファンから3時間ほど歩いた森の中だ。


勿論、周囲にオレ以外の人間はいない。




「即ギルドに訂正頼んどいたからマシにはなるだろうが……なんでその日のうちに噂になってんだよ、しかも悪い方面で」




 昨日は大変だった。


ガモスもそうだったし、それ以外の人間にもオレの噂が回ってやがった。




『喧嘩売ってきた騎士を殺して賠償金をふんだくったウエストウッド』って噂がな。




この世界の守秘義務どうなってんだよ。


インターネットもないのに伝達早すぎるだろ。




 街を歩いてる時にもジロジロ見られた気がするしな。


大金を持ってると思われてるんだろうなあ……まあ、嘘じゃねえけど。


前の世界ならスリに気を付ければいいんだろうが、こっちじゃ盗賊とかもいるしな。


いざとなったら、ためらわずにブチ殺す覚悟ってやつを持っておいた方がいいなあ。




「噂話伝達魔法でもあんのかねえ?」




『お、答えを聞きたいのか?』




「あー……別にいいや。そんなに気になるってほどじゃねえし」




 開いた虎ノ巻の余白に文字が浮かんだ。


やっぱりなんでもかんでも攻略本に頼るってのもなあ、風情がねえ。


命にかかわるような話じゃねえし。




「ま、とにかくクロスボウが手に入ったんだ。こいつで稼いで目指せ、ウインチェスター!ってな」




『おう、頑張んな。……希望があんなら種類とかも変えてやるが?』




「……やめろ!誘惑すんな!いいんだよウインチェスターで!ありゃあ最高のライフルなんだからな!オレの中で!!」




 紙面越しの誘惑を黙殺する。


……ランダルカスタムとか頼みたくなったらどうしてくれんだよ。


いや待て、それならいっそバントラインカスタムとかでも……あああ、いかんいかん!


欲がどんどん出ちまう!




「……とにかく依頼だ、依頼。油断してこんなとこで死んじまったら笑い話にもならねえ」




 虎ノ巻を閉じ、背嚢にしまう。


それからスキットルを呷り、深呼吸。




「うし、行くか」




 落ち着いた所で、手に持った【連発式クロスボウ】を握り直した。


昨日買いたてホカホカの新品だ。


残弾は十分、動作不良はナシ……頼むぜ、相棒。


なんたって金貨5枚+銀貨8枚(矢・手入れ用品)の高級品なんだからな。


 


 クロスボウを構え、オレは足音を立てないように森の奥へ踏み込んだ。






・・☆・・






 今回の依頼は『コボルトの調査と討伐』だ。


この森の周辺にあるいくつかの村からの連名で出されていた。




『最近コボルトが村の近辺に出没する頻度が高くなっている。おそらく森のどこかに繁殖地があると推測される。その場所の特定と、できるならば駆除を依頼したい』




というのが、ざっとした内容だ。




 ちなみに報酬だが、今回は変則的。


『巣の特定』は金貨3枚。


『駆除』は出来高制だ。




 巣の特定の方は後日の確認作業もあるので即金にはならねえが、駆除は別。


オレの目当ては駆除の方だ。


だってマッピングのスキルも経験もねえからな。


それに、この依頼は個人の冒険者向けじゃなくて全体への依頼だ。


その証拠に、森に来るまで結構同業者を見かけた。


だから巣の方は慣れてる連中に任せて、オレはおこぼれというか、他の冒険者に追われたコボルトを狙う。


無理せず、できる範囲でな。




「だが1匹銀貨4枚だからなあ……」




 コボルトの討伐部位は右耳。


それ1つで銀貨4枚だ。


今まで戦ったどの魔物よりも高い。


ってことは、強いってことだろう。


とりあえず1匹と戦ってみて、それで相手の強さを知りたいところだ。


ゲームでもねえから、そうそう上手くいくとも思えねえけどな。




「……ん?」




 なんか臭い。


森の奥から、風に乗って異臭がする。


ケモノ臭いっていうか、あんまり掃除してない犬小屋っていうか……そんな感じだ。




「ひょっとするかね……こりゃあ」




 クロスボウの箱……弾倉についているハンドルを手元に引き寄せる。


18禁エアガンよりも、少しだけ重いくらいのコッキング感だ。


これで、箱の中で初弾が弓に装填されたはずだ。




「ふぅう」




 腰を落とし、膝立ちになって両手でクロスボウを構える。


このクロスボウは弓の上に弾倉がくっ付いているから、普通の銃みたいにサイティングできない。


なので、弾倉の横……コッキングハンドルを邪魔しない所に筒がついている。


何の変哲もない、ただの筒だ。


その中に、糸で十字が作られている。




「ゼロインもクソもねえが、一応飛んでいく方向だきゃあこれでわかる」




 このクロスボウは遠距離ではなく、中距離用。


だから、それほど命中率にこだわりはない。


さっきの装填からして、頑張れば連射はそこそこ早くできそうだしな。


とにかくバラ撒くだけだ。


……矢は専用のモンだから結構高いが、命よりは安い。




 ケモノ臭さがどんどん強くなってくる。


間違いない、何かがこっちに……風上から向かってきている。




 しばらく待機していると、照準方向の草むらが揺れた。




「―――ッ!!」




 ほぼ無意識に引き金を引いた。


びいん、と軽い反動とともに、矢が真っ直ぐ発射された。


矢は視認できないくらいの速度で飛び―――




「ギャンッ!?」




 丁度草むらから顔を出した、野犬みたいな顔の魔物の喉に突き刺さった。


アレがコボルトか……?




 すかさず次弾を装填。


照準を横にズラして発射。




「ギャワンッ!?」




 遅れて草むらから飛び出そうとした2匹目、そいつの顔に矢が直撃した。


柔らかい目の部分だから、矢羽の部分までグッサリだ。




「後続は……?」




 コッキングし、次に備える。


しばらく耳を澄ませたが、臭いはすれど草が動く音はしない。




「よし、さすが大金はたいただけのことはあるぜ……この距離なら威力もバッチリだ」




 倒れた2匹のコボルト?の胸は上下していない……死んでるな。


さらにしばらく息を潜め、【ジャンゴ】を抜いて近付いた。




「くっせェ……多頭飼育崩壊現場の清掃バイトしたの、思い出すなぁ」




 アレはきつかった。


夜逃げしたブリーダーの特殊清掃だったな。


二度とやりたくねえバイトだ。


給料はよかったけど、作業服がどんなに洗っても臭かった。




 おっと、そんなことよりもコボルトコボルト。




「二足歩行する野犬、って感じだな。ゴブリンよりかはいい武器防具……か?」




 身長150くらいのコボルトだ。


使う暇は与えなかったが、手には鉄っぽいナイフ……っつうよりショートソードを持っている。


防具は革鎧のなれの果てって感じだ。


死んだか殺した冒険者から剥ぎ取ったのか?


今回は不意打ちだから問題なくやれたが、接近戦なら手強いかもな。




「討伐部位、ヨシ!っと……お?」




 耳を切り取り、街で買った適当な革袋に入れていると何かが光った。


革鎧の内側に……これか。


冒険者カードだな、こりゃ。




「銅2級……先輩だな」




 この鎧の持ち主のもんだろうか。


男っぽい名前が書かれている。




「そういや猫娘がなんか言ってたっけ……あ、そうだそうだ」




『依頼の途中などで冒険者カードを拾った場合は、ギルドに届けてほしいですニャ。いくばくかの謝礼も出ますニャ』




 だったな、たしか。


遺族とかに通達すんのかな……まあいいか。


場所も取らんし、謝礼が出るなら持って帰るか。




「よっ……と!うあ、骨に当たったか?」




 続いて刺さっている矢を引き抜く。


目に刺さった方は綺麗なモンだが、喉に刺さった方は鏃の先端が欠けている。


壊れちゃいないが、威力は多少低くなるだろう。




 とりあえず使用済みの矢専用の入れ物に2本とも入れる。


ひっ迫した状況ならともかく、まだ矢は新品がある。


清掃もしていない矢を装填して壊れたら事だし、分けておこう。




「よしよし、銀貨8枚」




 解体と回収を終え、その場を離れる。


あまり森の奥へ行かないように、横方向へ移動する。


ここにいると鼻が馬鹿になりそうだ。




 奥じゃ同業者がドンパチやってるかもしれねえし……まあ確実にやってるだろうが。


獲物の取り合いあたりの面倒ごとに巻き込まれちゃ、たまらねえ。


安全第一、安全第一。




「……!!……!?!?」




 なにやら森の奥から声が聞こえる。


人間っぽいな、たぶん。


おうおう、やってんなあ。


稼いでやがら。




「……が!!……って……ずい!!」




 ……なんか近くなってないか?


そう思った瞬間に、森の外へ向けて全力で走る。


凄まじい面倒ごとの匂いがしやがる!!




「―――いてねえ!!こんなの聞いてねえぞ!!」




 こっちにくんじゃねえよ!?


足はええなあいつら!!


こちとら三十路だぞ!?




 何人かの人間がこっちに来ている……気がする!


鎧のガチャガチャ鳴る音とか聞こえるもんよ!!




「タリム!!まだハギンが!!」




「もう無理だ!!俺たちまで死んじまう!!クッソ!!ギルドの無能めえ!!!」




「なんでこんなに浅い森にあんなのがいるのよォ!?」




 たぶん、3人。


それが、何の呪いかオレの後を追うように走っている。


畜生……さすが冒険者だぜ、逃げ足もはええなオイ!!


このままじゃ追いつかれちまう!!




 とか思ってたらもうすぐ後ろまで来てやがる!!


ガチャガチャが近い!!




「―――タリム!」




「―――おう!」




 うあ、なんか嫌な予感がするうおおおお!?


オレの横を抜いていった若い男が、抜く瞬間に足を払いやがった!?




「っぐあ!?何しやがるクソガキ!?」




「へへっ、悪く思うなよ!!」




 前のめりに倒れたオレを見つつ、その不細工で性格が悪そうな男はこの世で一番きたねえ笑顔を見せた。


それに続くもう1人の太めの不細工男も、腰の軽そうなブスも笑顔だ。




 オレを、囮にしやがったなァッ!!!!




「―――悪く思うに、決まってんだろう……がぁああ!!!」




 両手を自由にして走るために、クロスボウは背中に回している。


ホルスターに手を伸ばし、【ジェーン・ドゥ】を引き抜いて……駄目だ!!


死ぬほどムカつくし撃ち殺してやりてえが、優先順位が違う!!




 何かが木をなぎ倒しながら近付いて来てる!


もう、すぐそこだ!!




「っち……ガキ共!!顔覚えたからなァ!!首ィ、洗って待ってろォ!!!」




 もう聞こえているかわからん奴らに怒鳴りつつ、急いで起き上がる。


何かはわからんが、冒険者が目の色変えて逃げる相手がこの先にいるんだ!


こんな所で【ジェーン・ドゥ】を無駄撃ちするわけにゃ、いかねえ!




「来やがれ……顔出した瞬間に風穴開けてやらァ!!」




 頼もしいリボルバーをいつでも撃てるように構える。


木々の揺れは大きくなり、さっきのコボルト共のヤツをもっと強烈にしたような臭気が襲い掛かってくる。


くっせ!!せめて水浴びでもしろよな!!




 だが、最後の草むらとの距離は目測10メーター!


さあ来い……この距離なら寝てても当たるぜ!!




「―――は?」




 だが、俺の予想に反して。


草むらから飛び出してきたのは、半分に千切れた冒険者らしき死体だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る