第22話 命の恩人は関西弁。

「うおおおおっ!?!?」




 虚ろな目をした冒険者風の死体を横っ飛びで避ける。


上半身と下半身を無理やり引き千切ったようなそれが、オレを掠めてどっかの木にぶち当たった。


湿った嫌な音がする。




「とりあえずとんでもねえ馬鹿力ってことはわかっ―――っが!?」




 肩に何か固いモノが飛んできてぶち当たった。


死体より小さい……いっででで!?




「くっそ!」




 とにかく距離をもっと取らなきゃ駄目だ!


森の奥にいるのが何だろうが、こんな速度で投げられちゃどうしようもねえ!


結構賢いな、奥のヤツ。




「いてえわけだぜ、いいモン着込んでたんだなァ……」




 何を投げられてもいいように視線を外さずにバックステップ。


その途中で、膝のあたりで千切れた足が見えた。


頑丈そうな鎧でも、飴細工みてえに千切られてやがる。


さっき飛んできた男の余剰パーツかよ。




「っとぉ!?」




 またも投擲。


今度はしっかり見えたが、たぶん同じ男の反対側の足パーツだ。


嫌な投擲物だぜ。




 とにかく、これをやった奴が姿を現してくれねえとなにもできねえ。


普通の銃なら何発か撃ち込んで様子を見るところだが、いかんせん泣いても笑っても6発しか撃てねえんだ。


無駄撃ちは、できねえ!




「いい加減に出てきやがれってんだ、畜生ォ!お、おぉおおお!?」




 バキバキと何かデカい音が聞こえ、なんと丸太が飛び出してきた。


慌てて横に跳ぶ。


加減ってもんを知らねえのかよ!?




 しかし、なんて馬鹿力だ……!?






「グオルルルルルルルルル!!!ガガッガアアアアアアアッ!!!!!」






「―――っが、あぁ!?」




 犬みてえな遠吠えが聞こえた瞬間、頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。


酷い二日酔いみてえに、足元がフラついて立って……られねえ!


いったい、何をされた……!?




 膝が震え、その場に崩れる。


まるで足がきかねえ……畜生、なんだコイツは!?




「ゴルルルル……!!」




 動けないオレの前で、草むらが動いた。


ゆっくりと、影から何かが出てくる。




「……でっけえ」




 そいつは、2メートルはあるコボルトに似た何かだった。


全体の感じはコボルトだが、筋肉量が尋常じゃねえ。


しかも、着ているのは鉄製の胴鎧で……手には雑な大剣を持ってやがる。


切れ味はよくなさそうだが……刃渡り1メートル超の鉄板で殴られりゃ、どうしたって死ぬな。




「……だからくっせえんだよ、たまには水浴びしねえと雌にモテねえぞ」




 相変わらず足は言うことを聞かねえ。


逃げるのは、無理だ。


だが―――




「腕は動くんだよォおおおおおッ!?」「ウルゥオオオオオオオオオオオオン!!!!!」




 クイックドロウで【ジェーン・ドゥ】を持ち上げようとしたら、デカブツが吠えた。


その瞬間、肩口を空気の塊?でぶん殴られた。


予想外の攻撃に、地面に引き倒される。




 さ、さっきのもコレか!?


奴が吠えると、なんか飛んでくるのか!?


魔法か!?魔法なのか!?




「グルウウ!!ガアアアアアアアアアアッ!!!」




「ぐううううっ!?っが!?おごっ!?」




 足、腹、肩。


続け様に不可視の攻撃が刺さる。


その度に地面をあっちへ転がり、こっちへ吹き飛ばされる。


畜生……地味に痛ェ。


人間の全力キックくらいの衝撃はあんぞ、これ!




「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」「っがっは!?」




 駄目押しとばかりに吹き飛ばされ、木の幹に激突。


一瞬息が止まる。


星がチラつく視界に、涎を垂らしながら大剣を振り上げるデカブツが見えた。


近接に……切り替えたなァ!!




「舐めてんじゃ、ねえぞ!!毛玉ァあ!!!」




 攻撃の最中、必死に庇った無傷の右手。


それが握りしめた【ジェーン・ドゥ】が、吠える。


反動がまともに手首に襲い掛かり、骨が軋む。




「ギャン!?」




 めくら撃ちだが、狙いはドンピシャ。


大剣を振り上げたヤツの手首が、ハンバーグと化して吹き飛ぶ。




「ギャヒィ!?ギャ!?ガバアアアアアアアアアアアッ!?!?」




 目を丸くした後、奴は絶叫した。


ざまあ、見やがれ!!




 そこで気を緩ませたのが悪かった。




「ゴルウウウウウウウウウウウウウウ!!!!」




「しまっ―――!?」




 苦し紛れか、偶然か。


ヤツが吠えたと同時に、【ジェーン・ドゥ】が弾かれた。


さっきの反動で手が痺れてたからか、保持が甘かったぜ!




「ウルウオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」




 奴は手から血を迸らせ、目を剥いてオレに飛び掛かってくる。


ちくしょ、【ジャンゴ】を抜く時間が―――






「伏せときぃや!!―――【点火イグニス】!!!」






 反響した高い声が聞こえると同時に、オレの上を誰かが飛び越えた。


空中で、ガソリンに火が点いたような音が聞こえる。






「【加速ストーレ】ェ!!!」 






 それは、小柄な全身鎧だった。


身長は160もねえだろう。


そいつは、明らかに身長よりデカい……たぶんハンマーを握っていた。


なんか、オレの知ってるハンマーじゃねえ。


ぶっ叩く部分以外に、なんかこう……機械がごちゃっと付いている。


それらは、鎧が叫ぶ度に細かく振動し、変形している。


今なんか、叫んだ瞬間にハンマーヘッドのケツからジェット機みてえに炎が噴射した。




 そして、ハンマーで加速した鎧は空中でそのバカでかいそれを……デカブツの胸に叩き込んだ。






「【爆砕ブラード】ォオッ!!」






 閃光と、爆炎。


複数の手りゅう弾でも炸裂したような光景。




「ッギャ!?!?」 




 デカブツが悲鳴を上げ、肉片を撒き散らして吹き飛び……そのまま木々をなぎ倒して止まった。


項垂れた顔の下では、胸の中央から嫌な臭いのする煙が上がっている。


おうおう……肋骨どころか内臓まで見えらあ。


即死だろうな、ありゃ。




「にいちゃん、危ないとこやったな!せやけどウチが来たからには安心やで!!」




 着地した鎧は、煙を上げるハンマーを軽く持ってオレに振り返った。


顔は兜に包まれて見えねえが、声からしてたぶん女だ。


ごつい兜には三つ編みになった朱色の毛が付いている。


……変わった飾りだな。




 それで、なんで関西弁なんだ?




「……お、おおきにィ」




 久しぶりに聞いた関西弁が伝染しちまった。


オフクロが関西だから、昔は家の中でしょっちゅう聞こえてたからなあ。




「おー!なんやジブン帝国人かいな!こないな北の端で珍しいこっちゃで!!」




 鎧のねえちゃんは嬉しそうに駆け寄ってきた。


同郷人と思われたのかもしれねえ……なんだ、帝国?


こっちじゃ帝国ってとこの人間は関西弁を喋るのか?




 あ、いや……ひょっとしたら翻訳の加護がバグってんのかもしんねえ。


訛りがキツイってのをそういう感じでオレに聞かせてんのか?




「いや、オレぁミディアノのモンだ。とにかく、助かったぜねえちゃん……」




「ミディアノ!あないな南の端から珍しいやん!」




 ねえちゃんが手首を掴んできた。


そしたら、とんでもなく強い力で引き上げられる。


あんなハンマー振り回すんだ、そりゃ、すげえ力だろうさ。




「さっき泡食って逃げよる冒険者見たんでな!さぞ大物が出たんやろうと思って来てみたら……ビンゴや!」




 あのクソガキ連中のことか。


っち、生きてやがったか。




「ああ、オレァそいつらに生餌にされるとこだった―――!?」




 ねえちゃんの肩越しに、何かが動いた。


あの毛玉生きてやがっ―――違う!?




「すまねえ!!」「ぴえっ!?」




 ねえちゃんを無理やり横へ突き飛ばすのと。




「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」「っご!?」




 オレが毛むくじゃらの手で首を掴まれたのは、ほぼ同時だった。




「ゴルルルルルルル!!!」「マ、ジ……かよ」




 目の前に、涎を垂らす口がある。


その後ろには、胸に大穴を開けたデカブツがチラリと見えた。




 新手だ、畜生。


さっきの奴の後ろの、木陰に潜んでやがったか!


臭さで鼻がバカになってて気づかなかった!!




「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」「っぎ!?」




 振り回され、木に叩きつけられた。


視界に星が舞い、耳が遠くなる。




「っば!?なんでツガイがおんねん!?発情期ちゃうねんぞ!?」




 ねえちゃんがハンマーを振り上げるが、ちと場所が遠い。


俺の首がへし折られる方が、先だろう。


【ジェーン・ドゥ】は、どっかに吹き飛んじまって手元にない。


詰み、か?




 ……いや。


もしかしたら。






 時間が鈍化する。


 


 視界の彩度が下がる。




 首が軋む音がする。






「―――ありがとよ、狙いやすく、してくれて」「ワウ?」




 無理やり持ち上げて震える右手には、やはり相棒の姿があった。


自分の鼻に触れた見慣れない道具に、デカブツが目を丸くする。


なんとなーく、呼んだら来るんじゃねえかな……なんて思ったが、ドンピシャだ!




「―――ジャックポットだ、クソ毛玉」




 引き金を、引く。




「ガ―――」




 そして、閃光が毛玉の鼻から上を吹き飛ばした。


残った下顎が、空気の抜けるような声を漏らした。


  


 あ、やべえ。


コイツの討伐部位、耳だったらどうしよう……


うっわ、血が!血が顔面にッ!?きったねえ!?

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