第52話 オレもかよ!?人気者になったもんだなァ?
「ウエストウッド!いつまで寝てんだい!!」
「うぉおお!?」
ドアをガンガン叩く音で目を覚ます。
あ~……?ここはどこ……ああ、『青き湖畔亭』か。
昨日ガモスのおやっさんのとこから帰って、そのまま寝ちまったんだよな。
「もう昼前だよ!いい若いもんが寝すぎだ!!昼飯できてるからとっとと下りてきな!!」
「わ、わかりましたァ!!」
ひええ、おっかねえ。
ウチの死んだお袋より迫力がありやがる。
しかし昼前だァ?
よっぽど疲れてたんだな、夢も見てねえぞ。
初の長期出張は、思った以上に疲れを蓄積させてたらしいや。
……いかんいかん、とりあえず飯食おう。
ここでウダウダしてたら女将さんに殺されちまう。
・・☆・・
「クラーケンとやり合ったって聞いたよ、無茶するねえ」
「噂コワイ」
食堂に到着するなり、目の前にどんと皿が置かれる。
……卵と根菜のスープ、か?
それにパンが山盛りに、サラダか。
うーん、起き抜けに食うには多すぎるような気がしねえでもない。
「オレだって御免こうむりてえけど、向こうから突撃してきたもんでね……」
「どっこい生きてるなら大したもんだ、アンタ運があるよ。さ、喰って力をつけるんだ……それと、まさかこの時間から依頼なんて受けないよね!?」
「受けねえ受けません!」
この状態で街の外にヘロヘロ出たら、例の公爵家どころかゴブリンにでも不意を突かれそうだ。
そんな自殺は趣味じゃない。
「今回の依頼で消耗品が減ったんでね。ソレの仕入れと街の散歩くらいにしとくよ」
「よしよし、アンタはいい子だね。年長者の言うことは聞いときなよ」
女将さんはそう言って食堂から出て行った。
ふう、まるで台風だぜ。
だけど、ああいう肝っ玉母さんみてえなカラッとした性格だから、ここも人気なんだろうけどよ。
飯が美味いってのもあるが。
ま、とりあえず朝昼兼用の飯を食っちまうか。
冷めないうちにいただこ―――
「……若いの」
「うおっ!?だ、旦那さん」
珍しいことに、旦那さんが厨房から出てきた。
エプロンから筋肉がはちきれている。
……今でも十分冒険者稼業ができそうだなァ。
「……気をつけな、ここんとこ妙な連中がお前さんを嗅ぎまわってるぜ」
「……そいつは、穏やかじゃないっすね」
オレを?一体何で……ああ、マギやん関連かな?
「1度は直接ここへ聞きに来た奴もいる。カミさんが怒鳴って追い返したが、心当たりはあるか?」
「……どんな感じの連中です?」
宿にまで聞き込みに来やがったか。
よっぽど巨乳ドワーフが欲しいらしいや。
「冒険者だが、この国の人間じゃなさそうだった。訛りからして【ギャラバリオン】の傭兵崩れだろう」
その名前は……確かルドマリンからの帰りに襲ってきた連中か。
傭兵派遣国家だかなんだかの。
「……すいやせん、迷惑おかけしました」
頭を下げると、旦那さんは向かいの席に腰かけた。
「1つだけ、聞く。お前さん……何をやらかした?」
眼光が超こええ。
嘘付いたら俺の首くらい握り潰されそうだぜ。
まあ、もっとも嘘なんざつくつもりもねえが。
「タチの悪い女好きに追われてる美人を助けたら、ちょいと逆恨みされましてね。何度かぶちのめしたが、連中まだ懲りてねえと見える」
「女、か」
旦那さんが腕を組んで黙り込む。
なんだよその筋肉はよ。
なんで引退して料理作ってるだけなのにムキムキなんだ?
「……手を引く気は、あるか?」
その声に、オレは真っ直ぐ旦那さんの目を見て答える。
「―――奴らが手を引くか、オレがくたばるまで終わりませんよ」
ここでイモ引くって?
そんなのは死んでも御免だね。
「それは……恋人か?」
「そんないいモンじゃないですけどね、命の恩人なんでさ。拾われた命の礼は、命でしねえと」
ちょいとキザだったかな?
モンコが爆笑してねえといいんだけどよ。
「そう、か」
旦那さんはそれを聞くと、初めて口の端をほんの少しだけ持ち上げて笑った。
迫力がすげえな、オイ。
子供が見たら小便漏らしそうだ。
「手を引くと言ったら、宿から叩き出すところだった……気にせずやれ、同じような手合いが来たら適当に誤魔化しておいてやる」
それだけ言うと、旦那さんは席を立って厨房へ戻って行った。
そんなに重い質問だったのかよ今の!?
あっぶねえ……
「―――女絡みで身を持ち崩す男は屑だが、女1人守れねえ男はカスだ……よく覚えときな」
「……肝に銘じます」
去り際にやけに格好いい台詞を残し、それきり旦那さんはいつものように無口になった。
……とりあえず、飯食うか。
口をつけたスープは、いつもより胡椒っぽいのが効いてて美味かった。
・・☆・・
少しばかり多い昼飯を胃に押し込み、宿から出る。
今日はオレもマギやんもフリーだ。
昨日の今日でなんだが、ガモスのおやっさんの所へ行くとするか。
ボルトの新品を買わなきゃな。
【ジェーン・ドゥ】に比べりゃ威力は低いが、魔力を使わねえ飛び道具はオレの生命線だ。
弾丸は多いに限る。
「……ッチ」
宿を出てから、尾行されている……気がする。
オレみてえな素人に見抜かれるんだ、プロじゃねえだろう。
被害妄想かどうか、この先で少し確かめてみるとするか。
大通りをゆっくりぶらつき、細道へ入る。
休日の散歩って雰囲気でな。
人気のない裏路地へどんどん入っていく。
この街にスラムはねえらしいが、この区画は昼間ほとんど人がいない。
以前に荷運びをした倉庫周辺を目指して歩く。
仮級の時に色々仕事受けといてよかったなァ、裏道にそこそこ詳しくなれた。
ゆっくりゆっくり道を歩いて……曲がり角を曲がった瞬間に走る!!
そのまま走り抜けると思わせておいて、道の影に隠れる。
そのまま息を潜めていると、慌てた足音が追いかけてきた。
数は……1人。
「ああクソ!どこへ行き―――」
追いかけてきた男が、オレの隠れている横を通り過ぎる瞬間に鞘ごと【ジャンゴ】を突き出した。
意識の外からの一撃に、あっけなくそいつは引っかかって前のめりに倒れた。
「ぎゃっ!?!?」
すかさず飛び出し、倒れた男の背中を踏みつける。
潰れたカエルのように、その男は声を漏らす。
「―――よォ、オレになんか用かい?」
「んな、なんっ―――!?」
そして、顔の横に鞘から引き抜いた刀身を突き立てる。
何事か言おうとした男は、目の前に刺さった刃を見て息を呑んだ。
「ここは人気も、人目もねえ。てめえみてえな小汚い男がくたばっても、誰にも気づかれねえ……おっと、大声出すんじゃねえぞ?うっかり喉に刺さっちまうからなァ?」
「っひ!?やめ、やめてくれ助けてくれ!い、命だけは!」
この反応……『本命』じゃねえな。
だってホラ……小便漏らしてるし。
これが演技ならアカデミー賞モノだぜ。
「まあまあ、落ち着きなよ兄さん」
ひとまず優しく声をかける。
「誰に頼まれたか教えてくれりゃ、オレはすっかりアンタのことを忘れてやるぜ」
「ほ、ほほほ本当か!?」
「ああ、本当だ」
そう言うと、男はべらべらと喋り出した。
「き、昨日飲み屋で声をかけられたんだ!ありゃあ、たぶんこの国の人間じゃねえ!『青き湖畔亭に泊っている変わった格好の男を尾行して1日の動きを報告しろ』って!」
「へぇ、尾行だけかい?」
「え?い、いや『うまく接触して指定の場所に連れてくれば金は倍払う』とも言われたけど……俺はそこまでやる気はなかったんだ!」
……なるほどねェ。
そういうことかよ。
「……そうか、なら情報の受け渡し場所を教えてくれよ。どうせ相手は外人だ、少しばかり雲隠れしときゃアンタも安全だろう?」
男は少しキョドっている。
「あのなァ、オレにバレた時点でアンタはもう詰んでんだよ。オレは違うが、たぶん向こうさんはサクッと殺しに来るぞ」
馬車を襲ってきたあの気合からしたら、平民の1人や2人くらい軽く殺すだろうさ。
こんな感じの『使い捨て風味』なやつならなおさらだ。
「適当に酒飲んで衛兵辺りに絡んでよ、何日か牢屋に泊まりゃ安全だろうぜ?」
この話を持ってきた奴が公爵家の息がかかってるんなら、ここを治めている別口の公爵の直轄……衛兵にまでは手を出さねえだろ、たぶん。
「は、話す!話すよぉ!場所は―――」
自分がヤバいってことを理解した男は、さらにべらべらと喋り出した。
よしよし、これでいい。
・・☆・・
「『4番倉庫』……ねェ。こんな人気のねえ所で情報の受け渡しなんざ、奴らハナから金払う気なかったな?」
男の吐いた場所。
そこは、以前荷運びをした場所よりもさらに奥……もっと人気のない所だった。
オレは、倉庫がよく見える場所にいる。
50メートルほど離れた、やはり倉庫の屋根の上だ。
ここの持ち主に銅貨をいくばくか支払い、登らせてもらった。
『屋根の上で寝たいんだ』っていうアホみたいな嘘だが、金の力は偉大だね。
こころよく場所を提供してくれたさ。
「さて、どんな連中かね」
なにもオレは連中に突っ込んで皆殺しにしてやろうってんじゃない。
まず、どんな連中が嗅ぎまわってるか知りたかっただけだ。
オレなんかが1人で出てって、糞強い用心棒でもいたら大変だしな。
それどころか、妙な魔法でも使われて捕まったら今世紀最高の間抜けになっちまう。
……自分で言っといてアレだが今世紀ってなんだよ。
水をちびちびに飲みつつ屋根に身を潜めている。
この倉庫は煙突があるおかげで、隠れるのが容易だ。
このまま受け渡し予定の夕方まで待つか。
それから何事も起こらず、すっかり日が傾いている。
「こりゃ、何かおかしいと思ってトンズラでもされたかね……お?」
もう帰ろうかと思い始めた時、倉庫に近付く人影があった。
数はひいふう……6人か。
やっぱ突撃しなくて正解だったな。
その集団は倉庫の前にたむろし、周囲を見回して誰かを待っているようだ。
あいつらが、依頼主か?
「……おいおい、これ以上ややこしくするんじゃねえよ」
そこにいたのは、半分が獣人だった。
見た感じ、犬っぽい。
賢そうなコボルトって感じだ。
アッチに比べりゃ上等な服を着てるがな。
猫の方は人間よりなのに、犬の方は動物成分が多いなあ。
んで、残りの3人はこの陽気なのにすっぽりフードを被ってやがる。
怪しさ満点だ。
そいつらはしばらく周囲を警戒し、待ち人が来ないと思ったんだろう……足早に街角へ消えていった。
顔が見えてる3人は、喧嘩慣れしてるチンピラって感じの連中だったな。
フードの3人はその後ろで黙って歩いているだけだ。
「どう見ても、使われる側の面構えしてやがる。たぶん、あいつらも依頼主じゃねえなァ……ああ、面倒くせえ」
しばらく息を殺し、新手が来ないのを十分確認してから屋根を下りた。
「よお!よく眠れたかい?」
「あんがとなァおやっさん、最高のベッドだったぜ」
貸主の……なんか梟みたいな顔の獣人にそう返し、オレもまた歩き出した。
さてさて、どうしたもんか。
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