第53話 同業者かよ、ついてねえなあ。

「おっはようさーん!」




「ハイ、おはよ」




 まだ朝も早いうちから、元気だねェこのお姫様は。


異世界でも関西人は元気ってか。




「なんやなんやウッド、しけた顔してどないしたんや~?ウチみたいな美女に会えたんやからもっとシャンとしぃ!!」




「あだっ!?」




 ドワーフビンタを腰に喰らわせるんじゃねえ!!


骨が外れたらどうしてくれるんだ!!




「……まあ、色々あってな。とりあえず適当な依頼受けようぜ」




「お、せやせや。はよせんとオイシイ依頼がとられてまう~!」




 勝手に焦り、マギやんが走り出した。


知らねえぞ誰かにぶつかってもよ。






 ここは、ギルド前。


1日の休日を挟んで、今日が仕事始めだ。


正直もっと休んでても痛くも痒くもねえ程懐はあったけえが、軽い依頼でもしとかねえとどんどん自堕落になっちまう気がする。




 一昨日マギやんとあらかじめ話し合い、朝に落ちあうことにしたってわけだ。


この世界時計ねえから、『だいたい朝』としか決めれねえのが歯がゆいな。


地球で仕事してた時は時間に追われていたが、追われないなら追われないで不安になる。


あー、やだやだ。




 ……だがまあ、地球のアレな職場と違ってこっちの職場はいい。


シンプルだし、わかりやすいし、巨乳が多いし、美人ばっかりだし、巨乳は多いし。


オマケに仲間はお姫様ときたもんだ。


へっへ、前の職場じゃ新卒のヒス女とお局のヒス女しかいなかったからなァ……こっちはそれだけで天国だぜ。


ま、しくじったら物理的に首が落ちるかもしれんからあんまり楽観視はできねえけどよ。




 ……いかんいかん、そんなこと考えてたらボケっとしてた。


とりあえず、マギやんを追うかねえ。


また腰ぶん殴られたら困るしよ。






「間に合っとるっちゅうねん!!しつっこいでアンタら!!」




 追いついたらなんかマギやんが揉めてた。


色々話が早すぎるな、オイ。


オレが呆けてた時間は5分もねえんだぞ?


 


 銅級の掲示板の前でマギやんが吠えている。


向こうにいる連中と揉めてんのか?




 ぎゃんぎゃん吠えているマギやんの反対側には、3人の冒険者がいた。




「(ちょっと待てよ、アイツらって……!)」




 その顔に、見覚えがあった。


昨日、倉庫にいた連中じゃねえかよ。




「そんなこと言わないでさあ、俺達この国に来たばっかりなんだ。色々手ほどきしてくんないかな、お姉さん」




「アンタみたいな毛深い弟、持った覚えはあれへんわい!失せろや!!」




 3人の冒険者のリーダー格なのか、ハスキーみてえな顔の獣人が代表して話している。


アイツは昨日の倉庫でも指示を出してる感じだったな。


……残りの連中はここにはいねえのか?




「おいおいおい、朝っぱらから賑やかだねェ。まあ落ち着きなよマギやん」




 オレは、ゆっくりと余裕を見せながらマギやんの横に立った。


ポンチョは前をめくり、左手だけを出す。


そこに差してある【ジャンゴ】のグリップを握りつつ、獣人連中に視線を向けた。




 ハスキーの表情は変わらねえが、その後ろ……うは、2人ともピットブルそっくりだな……の表情が少し険しくなる。


おいおい、一応初対面のハズだろう?


もう少し隠す努力をしろってんだ。




「マギやんがどえらく魅力的なのはわかるがよォ、嫌がる女に無理強いはよくねえやな、にいちゃん」




「はー!?あ、せせせせや!そんなんやったら女にモテへんで、ジブンら!!」




 急に褒められて照れたのか、マギやんは顔を赤くしてオレに続く。




「んで、どうしたってんだ?ナンパか?」




「せや!一緒に依頼を受けようってしつっこいんやこいつら!」




 はーん、そういうことね。


……露骨になってきやがったな。


おおかた、依頼の途中で攫っちまう魂胆なんだろう。


じゃなきゃオレの情報まで探らせるわけねえもんな。




「なるほどねえ……おいにいちゃん、この国に不慣れなのはオレたちも一緒なんだわ。ギルドに相談すりゃ、いい相手も斡旋してくれると思うz―――」




「アンタに話しかけてねえんだよ、黙ってなオッサン」




「―――黙らねえよ、クソガキ。〇ンコに毛も生えてねえような毛皮風情がイキってんじゃねえよ」




 マギやんに向けていたのとは違い、オレに殺気の籠った言葉を発してきたハスキーに即言い返す。


……自分で言っといて何なんだが、たぶんボーボーだと思うわ。


生えてなかったら何らかの皮膚病を疑った方がいいレベルでモフモフだもん。




「……は?」




 ハスキーの瞳孔がきゅっと絞られた。


そうすると犬ソックリだぜ。




「うわくっせえ!超獣くっせえ~……依頼の前に風呂入って来いよワンちゃん。この前仲良くした獣人のオネーサンはどこもかしこもいい匂いだったのによォ……てめえ1人で獣人の評判落としてるぜ」




 もちろん、口から出まかせだが。


金はあるが暇はねえし、いつだったか声をかけてくれたオネーさんにはあれ以来会えてねえし。


ルドマリンからの護衛が済んだら遊ぶつもりだったんだがなァ、今はそれどころじゃねえ。




「この野郎……舐めてんのかァ!」




 ハスキーが吠える。


う~わんわん!って感じだな。


地球のハスキー犬は好きだが、コイツは嫌いだねェ。




「見た瞬間からずうっと舐めてんだよ、犬っころ。オレたちゃあ死ぬほど相性が悪ィみてえだ、他を当たりなァ……おーい!マチルダちゃーん!ちょっといいか~!?」




「ハイですニャ~」




 都合よく近くを通りがかったマチルダに声をかけ、マギやんの肩を叩いて歩き出す。


いいタイミングでいたなァ……いや、ひょっとしてそれとなく近くにいてくれたのかねぇ?


ありえる、前の話し合いの時もやり手だったしよ。




「てめぇ!!まだ話は終わってねェんだぞ!!!待てよオッサ―――」




「待つのはテメエの方だよ、若造が」




 キレながらこちらを追いかけようとしたハスキーが、肩を掴まれた。


そこにいたのは……以前に知り合った獣人の冒険者、バルドだった。


例の球団マスコットみてえな男だ。




「その訛りは【バルグギア】の出か?お前さん、ちょっとはしゃぎ過ぎだ」




「離せよオイ。殺されてえかっあ、アァ!?!?」




 自分よりも上背があるバルドにハスキーは猛然と食って掛かったが、一瞬で胸倉を掴まれて持ち上げられた。


背後のピットブル2ひ……2人が血相を変えて前に出ようとしたが、動かない。


いや、アレは……




「おいたは駄目だよ、ボウヤ達。冒険者ギルドはねェ、女を無理やり口説く場所じゃねえのさ」




 ピットブルの背後に、ヴァシカがいる。


2人のベルトを片手で軽く持ってる感じだが、全く動く様子はない。


力の差を知ったのか、揃って顔色が悪くなった……気がする。


毛皮でわかんねェ。




「ぐ、が、は、はな、っせ」




「おうともさ……だがちょいと待ってなボウズ」




 バルドはハスキーを片手で持ち上げたまま、普通に歩き出す。


そして、入り口までやってくると外に向かって豪快にハスキーを投げ捨てた。




「ぎゃっが!?ってめ―――」




往来にケツをしこたま強打したハスキーが、何か文句を言おうと口を開く。






「女と遊びてえなら歓楽街に行け!!もっとも、嫌がる女を口説くようなカスにゃあ誰もなびかねえだろうがな!!」






 まさに轟、って感じでバルドが吠えた。


結構離れてても耳がビリビリする大声だ。


コボルトの長に吠えられた時を思い出すぜ……




「うわっ!?」「っま、まって……!?」




「ホラホラ、今日の所は出直しな。マトモに稼ぐつもりがあんなら、少しは真剣にやるんだ……ねぇ!!!」




 そして、遅れてヴァシュカがピットブル2人を片手で軽く投げ飛ばす。


オーガって、すげえなァ。


っていうかバルドもすげえ。


あんな丸太みてえな腕してるんだからさぞ力も強いだろうとは思ってたが……




「ッチ……出直しだ」




「兄貴!?」「待ってくだせえ!?」




 もっと暴れるかと思ったが、ハスキーは立ち上がるなり去って行った。


その後ろをピットブルが追っていく。




 去り際に、何故かオレをキツく睨んできた。


なので返礼として舌を出して中指をおっ立ててやった。




 ジェスチャーの意味というより、俺の雰囲気で心底馬鹿にされたと気付いたんだろう。


もう一度オレを睨むと、足早に去って行った。




 ……最低限の退き際は心得てるみてえだな。


さっきも今もアレだけ挑発しても武器は抜かなかったし、ちょいと面倒な相手かもしれねえな。


困ったねェ、揉める相手はアホの方がやりやすいんだがな。


ま、予想以上のアホだともっと困るんだがな。




「……流れの冒険者ですニャ。2週間ほど前に来たようですが、色々評判が悪いんですニャ」




 それを一緒に見ていたマチルダがこぼした。




「だろうなァ。すまねえなマチルダちゃん、急に呼んじまって」




「いえ、何かお困りでしたらいつでもお申し付けくださいニャ~♪」




「おーきにー♪」




 そしてマギやんとハイタッチを交わし、マチルダは去って行った。


うーん、有能な上に美人、そして愛想がいい。


ありゃあ、さぞモてるだろうなあ。




 色々相談してえが、マギやんの出自もあるからなァ。


ま、本人とまずは話し合わねえと。




「すまねえな、余計な世話だったか?」




 バルドが戻って来た。


ヴァシュカはこちらに手を振り……酒場に消えた。


嘘だろオイ、こんな朝っぱらから開店してんのか。


あ、そういえば前もそうだったな。




「うんにゃ、むしろ助かったぜ。オレならああまで鮮やかにはいかねえやな、今度奢るぜ」




「おお、そりゃあいい儲けだ。いい仕事したぜ……じゃあな」




 バルドは嬉しそうに破顔すると、やはり酒場に歩いて行く。




「おいおい、朝から酒かよ」




「昨日の昼から一晩中討伐依頼してたんでな、今が仕事終わりだ」




「あー……そりゃあしかたねえな」




 オレがそう言うと、今度こそバルドは酒場に消えた。


……昼夜逆転かよ、大変だねェ。




「銀級はオイシイ依頼も多いんやろなぁ、ウッドウッド!ウチらもとっととランクアップや!!」




 犬コロに絡まれたことを忘れたように、マギやんは依頼表に向かって行く。




「へいへい、死なない程度に頑張ろうぜ」




 相談したいこともあるし、その前に適当な依頼を受けとくとするか。




「マギやーん、依頼の前にガモスのおやっさんとこ行こうぜ。『武器を預けて』あるからよ」




「ほーい、わかったで~!」




 返事の前に、マギやんは一瞬目を光らせた。


通じたか、今の意味が。




 ギルドでもどこに人の目があるかわからんからな。


オレが預けるような武器を持ってねえのはわかってるからな、マギやん。


何かあると思ったんだろう。




 依頼表を物色するマギやんを待ちながら、壁にもたれる。


帽子の鍔で目線を覆い、周囲を気にする。


……特にこちらを注視してる奴はいないが、用心に越したことはねえからな。


油断はしねえほうがいい。




 マギやんが採取依頼を見つけてくるまで、オレはずっと警戒を続けていた。


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