第72話 あからさまな異変じゃねえか……勘弁してくれよ、オイ。

「おいウッド、今更だがその訳の分からん三下口調をやめろ」




 軽く寝て、起きた後。


起きるなり、バルドにそう言われた。


さ、三下口調ォ……?


俺なりの異世界敬語だったんだが?




「お前さん、ワザとああいう変な口調で話してんだろ? 俺たち相手にはそんな気は回さなくていい」




 ……マジかよ、バレてたのか。




「そーそー! 変に気を遣ったら連携もおろそかになっちゃうしさ! そっちの方が危ないよ!」




 ミドットにいさんまで入ってきた。


そ、そうなんか……?


何故か横で転がっていたマギやんに視線を向ける。




「……お許しが出たんや、そうした方がええで」




 寝転がったまま、マギやんが言った。


むむむ……まあ、そんなら、いいか?




「……わかった、そうさせてもらう」




「おう!細けぇことは気にすんなよな!階級は違ェが平民同士なんだしよ!……おいララ、そろそろ起きろ! ヴァシュカもだ!」




 二カっと笑うと、バルドはいまだに起きてこない女2人を起こしに行った。


冒険者ってのはスカッとした連中が多いのかね?




「よっしゃウッド! ちゃちゃっと準備してゾンビ狩りやでぇ!」




 跳ね起きて顔をはたくマギやん。




「――ああ、腕が鳴るぜ」




 それを見ながら、ホルスターに入ったままの『ジェーン・ドゥ』をそっと撫でた。






・・☆・・






「うぐ……!」「むえっ……!?」




 身支度を整えて家から出た瞬間、俺とマギやんは揃って呻いた。


――っく、臭ァ!?!?


夏場の生ゴミなんか目じゃねえほど、臭ェ!!




「マギやん、こ、コレ」




「お、おおきにぃい……」




 すぐさま背嚢からタオルを取り出し、マギやんへ投げる。


俺も息を止めたまま、新しいのを急いで顔に巻き付けた。


臭い、が……まあ、耐えられるレベルになった。




「ウッド、マギカ、これをタオルと口の間に入れておくといい」




 ララが何かを投げてよこした。


これは……なんだ?


ガーゼっぽいのに何か包まれているような。




「木炭に魔術をかけたもの。臭いを軽減する……ゼロにするのは駄目、臭いで位置を計るの必要だから」




 なるほど、木炭。


地球でも冷蔵庫とか靴にぶち込んでたなあ。




 それをタオルに入れて再び巻くと、確かにかなり増しになった。


臭いのは臭いが、さっきよりかは大分マシだ。




「精霊が悶絶してる……これ、1体2体じゃない」




 ララは何も着けずに涼しい顔をしている。


なんかこう、いい感じの魔法だか魔術だかで対処してるんだろうか。


……そういえば、魔法と魔術って何が違うんだろうな? 今度マギやんに聞いてみよう。


っていうか、精霊が悶絶ってのはどういうこったよ。


絵面が面白すぎねえか?




「村長の野郎……何が今日分かった、だ。この臭いからして、昨日今日発生したってレベルじゃねえぞ」




「だね。おおかた依頼料を安く上げるためにしたんだろうさ……どうすんだい、バルド」




 バルドは、顔の下半分をデカいマフラーみてえなモンでグルグル巻きにしている。


獣人だもんなァ、臭いがキツイのは死活問題みてえだ。


ヴァシカはマスクみてえな薄い布を巻いただけ……アレにも魔法かかってんのかな?




「とりあえず一当たりしてからだ。その結果がどうであれ、『裏』でギルドに報告を上げる」




「あいあい」




 バルドは大剣を、ヴァシュカは斧を抜いた。


ヴァシュカの方は、一動作で斧を伸ばす。




「あ~……くっさ!臭すぎ!これだからゾンビ系は嫌なんだよね~……」




 ミドットにいさんも、ナイフを抜いて逆手で構える。


お、昼には気付かなかったけど刃がぼうっと青く光ってやがる。


〇イトセーバーみてえで格好いいな。




「……うし!行くでウッド、気張りや!」




「おう!」




 そして、マギやんはいつものハンマーを抜く。


同時に、鎧兜が展開して体を包む。


俺は、クロスボウを構えてコッキングした。


……さあ、ドンパチ開始だ。




 バルドとヴァシュカを先頭に、村の門まで行く。


そこには槍を持った門番が2人いて、俺たちに頭を下げてきた。




「よろしくお願いいたします」「ご武運を」




 それに、バルドは軽く手を振って反応していた。


ヴァシュカは無視している……ちょっとイラ付いてるようだ。




「どうもどうも~♪」「よきにはからえ」




 ミドットにいさんとララはいつも通りだ。


俺とマギやんは、とりあえず無難に頭を下げておいた。




「何が『ご武運を』だよ、馬鹿にしやがって。この件が片付いたら絶対ギルドへ報告してやらあ」




 門を出て、少し歩いた所でバルドが毒づく。


よほど腹が立ったのか、声がとげとげしい。




「ウッド、マギカ。よく覚えとけよ……こういう場合はな、その場で揉めるんじゃねえぞ? へいへいって顔しといて後でギルドに報告するか……一生懸命やりますって雰囲気出しといてトンズラがベストだ」




「トンズラって、いいのかよ?」




 思わず聞き返す。


駄目なんじゃねえの、それ。




「相手側が明らかに虚偽の依頼を出してるって確信したら、な。その場合はギルドが契約してる精霊術師が裏取りしてくれる……今回はトンズラまでは『まだ』いかねえ」




「だねえ、例えば……『スライム討伐です』ってハッキリ言っといて『実はコボルトの群れでした~』くらいの内容なら迷わず逃げてOKだよ」 




 ミドットにいさんの補足。


ふむふむ、勉強になるなァ。




「――お喋りは終わり、来るから備えて。『精霊よ、闇を照らせ』」




 ララがそう呟き、杖を振った。




「う、おっ!?」




 急に視界がクリアになった!?


さっきまで真っ暗だったのに、今は……夕暮れくらいの感じになってる!


すげえ、これが精霊魔法って奴かよ!




「アタイらがまず動くから、ウッドたちは援護頼むよ。マギカはウッドの護衛のつもりでいな!」




「合点や!」




 マギやんがハンマーを持ち上げる。


はは、こいつは頼もしい護衛だぜ。




「うわ来た!意外と多いなあ、めんどっ!前方、森から出てくるよっ!」




 ミドットにいさんが言うように、森と草原の境目から人影がぞろぞろ出てくるのが見えた。


ここからだと普通の人間どもに見える……が、シルエットと歩き方がおかしい。


手や頭の部分に欠損があるのが確認できるし、歩き方も完全に映画のゾンビそのものだ。




「ここで迎え撃つ!俺とヴァシュカが前衛、ミドットは遊撃!ララは補助と『後方』確認!」




「ん」




「あいよォ!」




「はいはーい」




 それぞれが返し、一気に戦闘モードの気配を纏う。


おお、これが銀級冒険者か……プロフェッショナルって感じだな。




 ……だが、後方?


後ろには出てきた村の門しか……ああ、そういうことかよ、納得。


バックアタックも警戒しとかねえといけねえのかよ。




「ウッド!近距離のことは気にせんと、撃てたらバンバン撃つんやで!」




「応よ相棒ッ!」




 コッキングの済んだクロスボウを構える。


ゾンビとの距離は目測50メートル……有効射程外だ。


奴らの防御力がどの程度かは知らんが、せめてこの半分の距離じゃねえと!




「ウウウゥ……」「ウアアア……」「オオオオ……」




 しばらく待っていると、THE・ゾンビって感じのうめき声が聞こえてきた。


うおお……完全に名作ゾンビ映画の世界だ。


だが、感動してもいられない。




「……数、多くね?」




 森からは、続々と後続が出てくる。


乱暴に数えても、20体以上いやがるぞ。




「考えても仕方ねえ、か!」




 とりあえず、先頭が推定射程距離に入ったのでサイティングしつつ引き金を引く。


ばつん、と弦の弾ける感触がして、ボルトが真っ直ぐ射出された。




「……ァッ」




 放ったボルトは、ゾンビの目に突き刺さった。


気の抜けたような呻きを漏らし、ソイツはぱたりと後ろ向きに倒れる。


……よし、腐ってるだけあって防御力は紙だな、紙。


今のは目だから、今度は別の場所を狙ってみよう。




 コッキングし、隣の相手を狙って二射目。


適当な照準器にも関わらず、今度のボルトは額に命中。




「オァッ……」




 頭蓋骨は問題なく貫通し、目に撃った時と同じようにゾンビが倒れた。


……よし、やっぱり柔らけぇな。


いつだったかのアルマジロの方がよっぽど硬ェや。




「やるじゃねえかよウッド!いい腕だ!」




「アタイらも行くから、背中撃つんじゃないよっ!」




 バルドたちが揃って飛び出す。


それに続いて、ミドットにいさんも。


ララは、杖を構えて俺達の前に立っている。




「――オルアァッ!!」




 残像が見えるほどの速度で踏み込んだバルドが、たぶん大剣を振った。


たぶんって言うのは、見えなかったからだ。


俺の目には、銀色の光が瞬いたようにしか見えない。




「嘘だろ……オイ」




 思わず口をついて声が出た。


バルドの前方のゾンビが、首をスポンと飛ばされた。


――その数、5体。


まるで漫画だ、この光景は。




「るぅう、あっ!!」




 続いてヴァシュカ。


一瞬そのセクシーな背中に筋肉が盛り上がったかと思うと、ぶおんと轟音が響く。


轟音だけだ、手にある斧はバルドのように速すぎて見えない。




「うわっ」




 ちょっと情けない悲鳴が出ちまった。


だって仕方ねえだろ?バルドと違って……ヴァシュカの前にいるゾンビ4体の上半身が、なんか血煙みたいになって消えたんだもんよ。




「ほい、ほい、ほーい!」




 そして、ミドットにいさん。


にいさんは、バルドたちを追い抜いて左からゾンビの群れに突入。


遠くにいるゾンビの間を走り回りながら、気の抜けた掛け声を上げている。


その度に、なんかの手品みてえにゾンビ共の首がポロッポロ落ちていく。




「……銀級、すっげ」




「こん人らは銀級の中でも上澄みやで?銀級が全員こんなわけやあれへん」




 俺の呟きに、マギやんが反応。


はー……、そりゃ、いい先輩と都合よく知り合えたもんだぜ。


俺が言うと冗談みてえだが、神に感謝ってやつだ。




「ぬ……むぅ?」




 と、ララが首を傾げている。




「どないしたんや、ララはん?」




「むう……これちょっと、まずいかも」




 ララは、いつも通りの様子で――聞き捨てならない台詞を吐いた。

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