第29話 楓のトンネル

俺はただ、窓の中で枯れた楓を見ていた。

横に楓が並んで、きっと秋には赤や黄色の綺麗なトンネルを作るのがわかった。


生憎空は霞んでいた。

愛しいほどに人と会いたかった。

まるでこの空は、俺の心を写したようで、また少し寂しくなる。


気づけばまた寝てしまっていた。


「瀬戸さーん。」と呼ぶ声が、俺を起こす。

どうやら、ご飯を食べるなら、これから30分間しか残っていないらしい。

それからは、食器の洗浄や衛生面の都合で時間調整が効かないらしい。


病院食は、極端に美味いとは言えないが、それなりに美味しかった。しかし、噂の通り薄味であった。


水も飲めるし、物も食べれるということで次の点滴が最後になった、もし何かあったらいけないので、という万が一の意味での物らしい。


暇で暇で仕方ないから、歩きたかったのだが、点滴は鬱陶しいので、歩くのをやめた。

十六時になり、雲は分厚くなり辺りが暗くなり始めた。

ただぼうっと窓の外を眺めている。


トントンと病室のドアをノックする音がした。

俺は無言でいると、ドアが開き何者かが入ってきた。

俺を見てその人は

「夢じゃなかったのね!!」と大きい声で言った。

母だ。


俺はどんな顔して会えばいいのか分からなかった。

だからどこか恥ずかしいような、胃に石が入ったような申し訳なさというか、そういう物があった。


だから顔は、合わせられなかった。

母は喜んでいた。

人生で初めて愛を手に入れたかのような、そんな顔をしていたと思う。


母は俺に抱きついた、泣いていた。

「ほんとうにありがとう。神様ありがとう。ありがとう。」とただ泣いていた。


胸が締め付けられた。

俺があそこで倒れなければ、母を泣かせなかった。

誰の涙でも、例え同情していないつもりでも。

存外心には来るものなのだ。


外の雨もとうとう本降りになった。


俺の頬は、気づけば濡れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る