心行くまで。

第9話 四阿の色。

ここ最近、何故だか熱っぽい。気怠い。

きっと軽い風邪だ。


もうしばらく、四阿あずまやのこの長椅子で、

横になって天井を眺めていると思う。


バイト、休むって言ったら大林はなんて言うだろう。

鳥が鳴いた。

木々が揺れた。

この暑い夏には珍しく、風が冷たく感じた。


この国立庭園の本当の名物は

今だ現存する日本家屋と、

晴れた日には毎時、砂の引き直しをしている枯山水かれさんすいだ。


全長一.五キロメートルもある国立庭園は、端まで来てしまうと、観光客の声など聞こえない。


それでもたまに、ぐるーっと、庭園を周回する客がいる。

そんな客はいつも俺の事をじろじろみる。


今だってそうだ。

俺はその度に、四阿を独占しているようで、

何かへの責任のようなものを感じなければいけない。


四阿の腰壁の向こうには大きい池がある。

錦鯉が泳いでいて、鹿威しがある。


本来、鹿威しは畑や田圃の近くに置くものらしいが、こういうのもありだと思う。


水のしたたる音がそややかに響けば、

カコンと竹の小気味よい音が鳴って。

雀のさえずる声が聞こえて、涼しいそよ風が吹く。

俺は日陰で寝そべって、熱っぽい頭と気怠い体を休ませる。


視界には未だに生きているようにも感じる杉の天井と、

それを縁取るかのように真っ青な空、

更には、溢れんばかりの結葉むすびばを収めている。


何故だか、普段より風邪の方が、

ここがより良いものに感じることが出来た。


だから決心を付けた。

バイト先の大林に、バイトを休ませて貰えるよう頼むことにした。

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