第77話 人形

「てめぇは勉強だけしてりゃいいんだよ。女なんてお前にはやらねぇ。」


「はい。」


「分かったら動けよ。」


「はい。」


僕は玄関に置いてある三束にもなる、紐で結かれた教材を持ち、父さんの横に座る。


「おめぇの部屋は向こうだよ。こっちくんじゃねぇ」


僕は立ち上がり、ドアが傾いている部屋に入る。

ドアを直すのに手間取って、指を挟んで軽い内出血を起こしている。


虚しくなったら、悲しくなったら。


僕は人形だ。と自分に言い聞かせる。

無欲でいなければいけない。


愛されたいと、優しくして欲しいと思うから、欲するから虚しくなるのだ。

無欲でいれば、なににも傷つけられないのだ。


愛おしいことは何も無いし、なにも辛いこともない。


何も欲しくないし、何も持っていたくない。


いつかの夢みたいなものは全部、要らなくなった。

たった昨日書いたあの望みも、もう少し笑いたかったなんて欲望も。


全部捨ててやった。


そう思った途端、僕の手からペンがずり落ちた。

カタンとなったペンを、僕は握らなかった。


拾わなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る