第2話 冗談の聞かぬ怠惰。
「合計で330円となります。」
そう言って客の顔を見上げると、40くらいのその女性はあまりに笑顔だった。
こんな夜遅く、3:00に来て。
酒でも入っているのかとも思ったから、なるべく会話を避けようとした。
すると客から。
「あのぅ、すみません。」
「はい、どうされました?」
「お会計、ありがとうございます。大変でしょうけど、頑張ってください。」
女性はそう言って、飴を差し出してくれた。
一瞬何を言っているのか理解できなかった。
でも、なんとなく、今にもスキップをしそうなその客の背中目掛けて、
「ありがとう、ございます、」と言っておいた。
生憎俺は林檎アレルギーだ。
手に受けとった飴はこの店の制服、赤エプロンの下の、制服のスラックスにしまっておいた。
―大変でしょうけど、頑張ってください。―
女性がそう言った
この店は、来客が多く、人気店であるにも関わらず、従業員は途端に少ないのだ。
深夜なんかは、毎日入れている俺と、大林という先輩くらいしかいない。
商品コーナー拡大のため、レジは2つに収まっていて、普通は2人で立っていればいいものの、いつも片方は“お隣のレジをご利用ください”の札が立っている。
つまりのところ。仕事をしていないのだ。
バイトの先輩、大学2年生の
深夜バイトは給料が高いからと毎日入れているらしい。
でも毎日仕事をしない。
準備・控え室でスマホを横に持っている。
かつて店長に言ったことがあった。
でもそれは。
「あー。君の言いたいことはわかるよ。でもね、人の揚げ足取ってても、仕事は進まないよ。」
店長の言っていた言葉はこの頭と鼓膜に張り付いて取れなくなっている。
然し、このバイトは時給がいいから、やめたくないのが本心だった。
俺には、ガキだと言われても仕方ない夢があった。
そのためには
だから、その為だけに金に
仕方ないのだ。
自分に還元させるための投資だと考えている。
その必要不可欠な投資をしていただけで、さっきの客は林檎のそれをくれた。
嬉しかった。報われた気がした。
俺が7:45に、着替えをする為に更衣室へいくと、
大林が後ろを通り過ぎていく。
「なぁ。
大林は、生まれも育ちも関西の女優をこよなく愛していて。リスペクトと愛情からエセ関西弁を
「いや、特になにも。」
俺が大林を
「いつもみたく行かへんで?飴ちゃん。もろてたやろ?」
大林は黄色く薄汚れた歯を見せて、俺の顔を覗きこむ。
俺はこいつを今だけ殺してやりたいと、脱いだエプロンを畳みながらおもった。
「マニュアル違反やけど、大丈夫なんかいな。責任言われたらどないすんの?」
おれは黙って店を出た。
大林は声を立てて笑っていた。
「別に言うてもええんやけどなぁ〜あんたの為にも、言わんでおいたるわぁ」
このエセ関西弁を聞く度に脳の底に熱いものを感じる。
店を出てしばらく歩き、バス停での待機時間に右手で包んだ林檎飴は、カサという単調な音とともに、
あんな風に笑ってくれる人がいることの温かさと、
あんな人間がいる事の冷たさを感じさせた。
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