第55話 誘い
あ、父さんにも作ればよかったな。
俺のためにって買っておいてくれた訳ではないし、皆でシェアするべきだったなぁ、と思い父さんを見る。
「この事故では、少なくとも四名の死亡が確認されており、未成年高校生も一名いたとの事です。」
棒読みよりも魂を感じられないこのキャスターの声が、静まり返った部屋に響いた。
まるで何も考えずに、自分が見たいからとテレビを付けたんだろうなと思っていたが父さんの目は、テレビを見ていなかった。
半ば絶望したような、希望の光を目の前で断ち切られたかのような顔をしていた。
こんな人には仕事しか合わないのだろうか。
家に帰ってきても仕事の事しか考えない、きっと俺のことを考えて早く帰ってきてくれたのだろうな、とさっきは思ったが、家に帰ってきても仕事の事しか考えられないとなると仕事人として生きているのだな。と思う。
時々自分が情けなくなる。
自分の事は考えて貰えない、それは何故か。
俺は自問自答していく、
自分は周りに印象を残せていない。
自分はそれほど目立った何かがない。
今の状態が努力した状態であるのならば、俺の努力はまだ足りない。
人に影響を与え、それが何かを与える。というごく一般的なことが自分には出来ていない。
まるで無情の沼だ。
考えるほどどんどん情けなくなる。
自分が小さく感じる、どんどん飲み込まれる。
そのうち悔しいだとか悲しいという感情ごと消し去られる。
心の奥深くは沼の底で、真っ暗なのだ。
周りには何も見えないし、何も無い。
感情も環境も、何もかもが。
「なぁ。」
父さんの急な声で俺の心臓が跳ねる。
「なに、?」
「父さんと、何か食いに行かないか?」
「え?」
テレビに映っている電車の被害時の高校生には、自分と似たものを感じた。
きっとそれは、父さんも同じだったんだろうなと思う。
「父さんな、美味い店知ってるから。」
「あ、うん。でもこれ、ほら。」
「もう食ってるのか、まぁいいよ。食わなくてもいいからさ、行こうぜ。」
「あ、えっと、分かった。」
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