無欲と傲慢

第61話 大林 一

いつもの事でも、やっぱり思う。

家がやけに静かだ。こんなに広い家なら、子供の走り回る音くらい聞こえてもいいのに。


ふぅ。と息をつき、また目の前の模試対策の教材に目を落とす。


ノートに問題の番号とページ数を書き、その後は答えを出していく。


本当はこんなことしたくないのは、誰にも言えない。


学校の同級生が羨ましい。


みんなで笑顔を見せ合うんだから。


僕は筆を進められなかった。

どうしても集中出来なくて、机に突っ伏す。


勢いよく家の玄関の戸が空く。

すりガラスが貼ってある戸は開けるとガラガラなり、こんなに静かなら、家のどこにいても気づく。


しかしそのうるささで、兄ちゃんの帰りだとわかる。


兄ちゃんはいつもああなんだから。

キレて帰ってくるか、夜遅くに酔って帰ってくるか。

女の人を連れて帰ってくるか。


女の人が来る時は壁の向こうで、兄ちゃんと女の人の荒い息が聞こえるせいで夜遅くまで眠れない。


でも、不満なんて言ったら兄ちゃんには何をされるか分からなくて、言えない。


父さんは他人には怖くて厳しいけど、僕たちには凄く甘い。


お母さんを殴る兄ちゃんを見てもそんなもんだ。って笑うし。

そのせいでお母さんはもう四人目らしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る