第6章 開かれる山、枯れた泉
第52話 山の開発
夏の陽射しが照りつけて、アスファルトの道路を黒々と焼いている。
道の両側に広がる田んぼには水が張られ、稲が青々と育ちはじめていた。
俺は軽自動車のハンドルを握り、田舎道を走っていた。
助手席には、灰色の子犬がちょこんと座っている。
「お犬様、大丈夫そうですか?」
『うむ』
最初は立派な狼姿だったのだが、山を離れると力が弱るのか、みるみると縮んで今はすっかり、もふもふの子犬姿だ。
俺はナビを頼りに、奥山の方へと道をたどっていた。
山に近づくにつれ、広々とした水田は減り、山の斜面沿いに棚田や果樹の植わった畑が増えていく。
***
『森が、消えている』
お犬様がそう言ったとき、俺ははっと思い出したことがあった。
ここ数年、隣町で山の開発事業が進んでいて、それがうちの町にも広がってくるという話を聞いたことがあった。
なんでも、東京の事業者が、この辺りの土地を買い占めて、大規模な太陽光発電施設を建設しているのだとか。
その話を聞いたときは「ふーん」としか思わなかった。
まさか、うちの神社にまでその影響が波及するとは、考えてもいなかったから。
「その現場を、俺も見に行きます」
俺がそう言うと、お犬様が、『ぬしの足は遅い。連れていってやろう』と申し出てくれた。
「えっ、いいんですか!」
某アニメ映画さながら、狼の背にまたがって森を疾走するのか!? とテンションが爆上がりする俺。
そして、いざお犬様の背にまたがると、ものの五秒で転がり落ちたのは、内緒だ。
鞍も手綱もなしで、疾走する狼の背にまたがるとか、並の人間には無理だから!
ただのしがない神主である俺は、物語のかっこいい主人公にはなれそうもない。
***
ということで、俺はお犬様を助手席に乗せて、車で山の麓を回って、開発現場に向かっているのだった。
やがて山道に入り、俺はうねうねと曲がりくねる細い道を、慎重に進んでいった。この辺りは、神社の周りの豊かな森とは違って杉林だ。あまり手入れがされていないのか、森の中は暗く、細長い杉が窮屈そうに並んでいる。
暗い杉林の中を抜けると、道は細く深い谷川にかかる橋のたもとへ出た。
「あれか……」
渓谷の向こう岸に目をやって、俺は目を細めた。
橋のたもとで路肩に車を寄せて駐車すると、お犬様とともに外に出る。
渓谷の向こう岸の山斜面はごっそりと森がなく、広大な敷地に黒っぽい四角いパネルが見渡すかぎり連なっていた。
そして、こちら側の岸の森も伐採が進んでいて、丸裸になった土地をショベルカーが掘り返していた。
「すげえな……」
ひと昔前なら、山の開発というと都会の近郊なら住宅地にして、田舎ならゴルフ場やスキー場を作っていたのだろうが、今はメガソーラーの建設というわけか。
再生可能エネルギーの重要性が叫ばれる世の中だから、仕方ないのだろうが……こうして森が伐り払われ土地が削られているのを目の当たりにすると、複雑な気持ちになった。
「あそこの斜面が崩れている?」
離れているのでよくわからないが、どうも太陽光パネルの設置された場所の一角が茶色くむき出しになって、まるで土砂崩れの跡のようになっていた。
「もう少し、近づいてみよう」
俺たちは車に乗って橋を渡り、太陽光パネルの敷地に近づいた。
道路から斜面を登る小道を見つけて、俺とお犬様は車を降りてその道の奥へ分け入っていく。
やがて視界がひらけて、太陽光パネルが目の前に現れた。
架台の上に斜めに設置された黒っぽいパネルが、延々と連なっている。
そして遠くから見て気づいた通り、一部の土地が崩れてえぐれ、岩まじりの茶色い土がむきだしになっていた。先の雨で崩れたのだろうか。ごく小規模なので、被害は少なそうだが、太陽光パネルの一部は架台から崩れて、パネルも割れていた。
そして、その割れたパネルの上にとまるカラスが二羽。
『ども』
カラスが俺たちを見て、かあ、と鳴いた。そのくちばしからガラスの破片が落ちる。
『山の神まで』
二羽は翼をあげて俺たちの足元に舞い降りると、ひょこひょことお辞儀した。
なんだか見覚えがあるカラスだな……。一瞬悩んでから、俺は思い出した。
「あ、もしかして、熊野神社のカラス!?」
こんな遠くまで来ることがあるのか!? というか、先日くれた「光もの」は、まさか割れた太陽光パネルだったのか。
『偵察ですよかぁ』
『わが主もこの地のことを心配されているのかぁ』
カラスたちは、かあかあ鳴いて、口々に説明してくれる。
神の使いと言われるカラスが、熊野神社の御祭神に代わって、この辺りの見回りをしていたということなのか……。
俺が状況を整理しようとあごに手をあてて考えていると、お犬様がピクリと耳を動かした。
『むっ、気づかれたか』
カラスたちも翼をあげて太陽光パネルの縁まで飛び上がると、遠くを見つめた。
『人だかぁ』
「そこで何をしてるんですか?」
背後からかけられる声。
俺がぎくりとして振り返ると、作業着姿の男がふたり立って、険しい顔でこちらを見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます