第21話 タケノコの疑問

 平日の昼下がりの神社は、いつもと変わらぬ穏やかさに包まれていた。

 日の全く射さぬ竹林から、木漏れ日の揺れる神社の境内にたどりつくと、俺はその暖かさにほっと体がゆるむのを感じた。ここは守られた場所なのだと、身に染みてわかる。

 

 俺は荷物をおろすと、まず手水をとってお清めをした。何度も転んだせいで、手も服も泥だらけだった。

 その後、俺はお白様を探した。手水舎の周りから、拝殿と本殿。

 お白様は珍しく、本殿におわした。


「お白様。おかげさまで助けられました。感謝申し上げます。ありがとうございました」

 俺がいつにもまして丁寧にお参りをして感謝の気持ちを述べると、お白様は舌をちろちろとさせて、『うむ』とだけ言った。なんだか、いつもよりそっけない気がするのは、気のせいだろうか。

「あの、お白様。ひとつお尋ねしてもよろしいでしょうか」

『なんだ?』

「山の神……というのは、どなたのことでしょうか」

 お白様は瞳孔の細い赤い目で、じっと俺を見てくる。真正面から見られると、蛇ににらまれた蛙のように、身体が緊張した。威圧感がすごい。

『知らぬ』

 お白様は短くそう言った。その声は、ひやりとする冷たさを帯びている。

 ……もしかして、お白様、怒っている?

 俺が戸惑っているうちに、お白様の姿がすうっと薄れ、見えなくなった。

 これ以上俺と話す気はない、ということなのだろう。

「意味がわからない……」

 何かがあるらしい、ということだけはよくわかった。


 俺は一旦家に戻ると、温かいシャワーを浴びて着替え、掘ってきたタケノコの処理にとりかかった。洗って、外側の皮をむいて、穂先を切り落とす。ちなみにその工程はネットで調べた。どんな情報でもインターネット上に転がっている、便利な時代だ。

 大鍋に水をはり、近所の農産物直販所で手に入れた米ぬかを入れて火にかけ、アク抜きをする。

 水が沸騰してきて、ぷくぷくと小さな気泡が出てくる様を、俺は台所の椅子に座ってぼんやりと眺めた。今さらどっと疲れが出てきて、座ったまま眠ってしまいそうだった。

 それもこれも、竹に惑わされて道に迷ったからである。

「ちくしょう、あの竹のやつ……」

 俺が何をしたって言うんだ。逆恨みじゃないか。

 今度会ったら、七夕飾りにしてやる……。


 タケノコのアク抜きが終わると、粗熱が取れるのを待って、きれいなのを選んで袋に入れる。ちょいと土産代わりに持っていくつもりだった。

 残りは切って炊飯器に入れてタケノコご飯を仕掛け、予約炊飯のスイッチを押すと、俺は出かける支度をした。


 今の時代、インターネットで探せば大概の情報は転がっているが、どんな情報でもある、というのは本当ではない。

 この白水山にかつておわしたらしい「山の神」のことは、どれだけ検索しても、一件もヒットしなかった。

 ならば。考えても調べてもわからないことは、人に聞くに限る。


「こんにちは~」

 うちから車で十分ほどの距離にある、立派な一軒家の門のベルを鳴らした。

 生垣で囲われた庭に、黒い屋根瓦の日本家屋。門の横の表札は『村田』とある。

「おお、神主さん。今日は普通の服なんじゃな。まるでただの若者のように見えた」

 やがて出迎えにムラ爺が現れる。今日は作業着ではなく、鼠色の着物姿だ。ちなみに俺は、ベージュの綿パンに白シャツという普段着。

 俺は中に通されて、縁側の座敷に腰を下ろした。

「突然すみません。あ、これお土産です」

 俺は袋に入った茹でタケノコを手渡した。

「むむ、タケノコではないか!」

「うちの神社の裏で掘ったタケノコです」

「そんな霊験あらかたなタケノコを、いただいてもよろしいので?」

「もちろん。いっそ、全部掘り起こしてやってほしいくらいです」

 俺が私怨をこめてそう言うと、ムラ爺はカラカラと笑った。

「はっは。あの広い竹林のタケノコを掘りつくすのは、簡単ではないですな」

「ほんと、広すぎて、道に迷って死にかけました」

「あの山の竹は、みなでひとつだからの。似ているから方角を見失いやすい」

「みんなでひとつ?」

 なんだよ、ムラ爺まで厨二みたいなことを言い出したぞ。

「竹はの、地下で根がつながっておって、山一面が全部同じひとつの竹だったりするのだ」

「そうなんですか?」

「年々、竹が増えていくのも、根が伸びるからじゃ。ひどいときには、根が家の床下まで伸びてきて、床を突き破って生えてくることもある」

「ひええ……」

 そうか、だがそれなら、竹のあいつが、どこでも変幻自在に消えたり現れたりしていたのも、納得がいく。どこまでいっても、あの竹林はあいつ自身だったのだ。だから、俺を道に迷わすのも簡単だったのだろう。

 竹野郎が、『竹林はすべて俺である』なんて格好つけたことを言っていたが、あれは厨二ではなくて、単なる事実だったということか。誤解していた。今度会ったら、謝ろう。


 それはいいとして、俺は本題を切り出すことにした。

「あの、ムラ爺ならご存知かと思って、お聞きするのですが」

「どうかな、知らんこともたくさんあるぞ」

「白水山の『山の神』って、ご存知ですか?」

 俺は期待を込めてたずねたが、ムラ爺は少し考えた後、首を振った。

「聞いたことないですな」

「そうですか……」

 ムラ爺が知らないとなると、やはり「山の神」は誰にも知られていない存在なのだろうか。

「なぜそんなことを?」

 ムラ爺が興味をひかれたのか、ずいと身を乗り出してたずねる。

「もしかしたら、古い時代には、お白様だけでなく『山の神』がいたのかもしれない、という話を聞いたもので」

「なるほどの」

 ムラ爺は無精ひげの生えたあごを指先でなでていたが、やがてぽんと拳を手のひらにあてた。


「昔の伝承であれば、村の古老に聞いてみるのが早かろう」


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