番外編 そうだ沖縄へ行こう

 世間は来週からゴールデンウィークらしいが、勤め人ではない俺は、一足先に休暇をとって、旅に出ることにした。

 行き先は、妹が住んでいて、両親まで移住していった先の、沖縄である。

 


「お白様、お犬様、留守中はよろしくお願いします」

 俺は神社にお参りすると、うちの御祭神たちに、数日不在にすることを伝えた。

 例のごとく、賽銭箱の上でとぐろを巻いた白蛇は、舌をちろちろさせた。

『珍しい酒を献上するのだぞ』

「はいはい。泡盛を買ってきますよ」

『おにく!』

 灰色の毛並みの子犬が、無邪気にそう叫んで、嬉しそうに境内を走り回っている。

 このお方、本当は偉大なる山の神なのだが、あんまり普通に子犬姿をさらすものだから、氏子さんたちには、俺が変わった犬を飼いはじめたと思われていた。

 神社を訪れるご近所さんや子どもたちにも、大人気である。よく知らない人に、モフモフされている。


 お白様はこれでも気をつかっているのか、基本的に人からは見えないように、実体を消した姿でいるというのに……。

 人それぞれ、神それぞれ。


***


 飛行機から見下ろす沖縄の海は、絵に描いたような美しいグリーンブルーだった。

 実はこれが初沖縄の俺。ついでに言えば、前職がブラック企業だったせいで、旅行も数年ぶりだ。年甲斐もなく、ワクワクしてしまう。

 

 飛行機から降り立つと、空気がふわっと暖かく感じた。さすが南国。なんというか、風の匂いも違うように感じるのは気のせいかな。

 空港から那覇市内へ向かうモノレールから見下ろす街の雰囲気も、そこはかとなく南国だ。街路樹がヤシの木なのが、まず違うよな。

 沖縄にすまう八百万の神々って、どんな姿なんだろうか……。というか、沖縄でメジャーな宗教ってなんだろう? 仏教? 神道? 俺は職業柄、まずそこが気になってしまった。


 市内に着くと、とりあえず観光の王道・国際通りをぶらぶらする。

「おお、あれが噂のシーサーか!」

 屋根の上に沖縄の家の守り神だという獅子像「シーサー」発見して、テンションがあがる俺。

「どこかに、古くて力を宿したやつがいないかな……」

 こっそり期待して眺めるも、それらしきものは発見できなかった。まあ、こんな街中には、そうそういないか。

 首里城みたいな特別な場所なら、あるいは違うかもしれないな。 


「やっぱ沖縄そばかな。でも、てびちもうまそうだなー」

 昼時になると、その辺の食堂で腹ごしらえをする。食堂の気さくなおばちゃんに勧められて、結局そばと豚足煮込み「てびち」の両方をいただく。

 ああ、豚足の皮のぷるぷるがたまらんな。

 お犬様へのお土産は、豚足で決まりか……。


 腹がふくれると、再びモノレールに乗って、首里城へ。


「あれが守礼門か。朱いな……」

 色の鮮やかさが、琉球独特の色彩を感じさせる。

 朱色の守礼門をくぐって歩いていくと、道を少しはずれたところに池があって、その真ん中に弁財天堂があるのを見つけた。

「こんなところにも、弁天様が」

 沖縄にも弁天様がいるんだな。弁天様は日本全国でお祀りされていて、さぞや大忙しであろうと想像する。元々、ヒンドゥー教の神様がルーツだと言うし、なんなら世界中で崇められているのかもしれない。体がいくつあっても足りなさそうだな……。いや、神様には体がないから関係ないか。

 俺は弁財天堂に参拝して「いつもお世話になっております」とご挨拶しておく。


 お参りを終えると、俺は正規ルートに戻って、首里城の正殿へと向かった。途中、重厚な石垣に設けられた門の脇では、シーサーが二頭、門を守っていた。

「ここのシーサーなら、もしかしたら……」

 俺は写真を撮るふりをして、シーサーたちに近づいたが、彼らはうんともすんとも言わない。ちょっと期待していた俺はがっかりする。

 観光地すぎて、ここには何もいないのかもしれないな。


 ひとしきり観光した後、俺は妹の加奈が迎えに来てくれた車に乗り込んで、妹と両親の住む那覇市郊外の家に向かった。


「なあ、沖縄にもやっぱりのか?」

 お互いの近況などを報告し合った後に、俺は気になっていたことを聞いてみる。妹の加奈は、俺以上にいわゆる霊感が強くて、色々と見えるタイプだったから。妹は運転しながら、ちらりと俺の顔を見た。

「いるわよ。木の種類が違うからか、うちの地元の子らとは、ちょっと違うけど」

「やっぱりどこにでもいるか……」

「沖縄ならではの『見える人』もいるしね。ユタっていうんだけど」

「へえ~」


 道路わきの畑には、細長い葉っぱがわさわさと伸びた作物が植えられていて、何かと思えば「サトウキビ」だという。知らなかったが、サトウキビってでかいんだな。人の背よりも高い。

 俺がぼんやりと窓の外に広がる沖縄の風景を眺めていると、妹が思い出したように言った。


「あ、そういえば、うちにもいるわよ」

「え、まじで?」

 

 妹はハンドルを握りながら、いたずらっぽい笑みを浮かべている。

 これは、心して向かったほうがいいな。

 折しも、古そうな平屋の一軒家が見えてきて、俺は気を引き締めた。

 

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