第29話 帰還

 山の神は金色の目で、俺を疑い深く見返す。

『その神社とやらに行って、なにをするのだ』


「なにも。ただそこにおわして、訪れる人々を、見守ってくだされば」 

 俺は、山の神を正式にお招きして、それを氏子さんたちにも改めて知らせようと思っていた。

 現代の世の中、自然に宿る神々の存在は忘れられつつある。だが、神社が象徴となって、そこでお祀りすれば、人々の記憶にとどまり、神は生き続けるだろう。

 俺はそんな風に考えはじめていた。

 

 子犬はしばらく黙って、俺の提案について考えていたようだが、やがて口を開いた。

『窮屈なのはいやじゃ』

 ダダをこねる子どもみたいな言い分に、俺はガクッとなった。

 お白様といい、神々はわがままだよな……。

 いや、多神教の神様が自由奔放なのは世界共通だろうか?


 もしかしたら、それこそが、自然の姿なのかもしれないな。水も山も、そのときどきで穏やかだったり、美しかったり、荒れたり、恵みをもたらしたりする。

 だからこそ、崇められてきたんだろうから……。


「そこをなんとか……こんな場所にいても、誰も知られずに、ひたすら眠り続けるだけですよ」

 俺はなんとかなだめすかして、山の神をお招きしようと説得するが、子犬はぺたりと耳を伏せて聞こえないふりをしている。

 ここまできて、無力な俺。神主としてどうなのだ。


 そこへふと、結衣ちゃんが、一歩前に出て俺の隣に並んだ。 

「ねえオオカミさん。おいでよ」

 結衣ちゃんは今までのやりとりをわかっているのかいないのか、地面にしゃがみこむと、手を広げて子犬を呼んだ。


 すると、子犬は尾を振っていそいそと、結衣ちゃんのほうへ行くではないか。

『かわいらしい女子じゃ』

 こいつ、女好きか。神のくせして油断ならないやつだ。

「毛がふわふわ」

 あああ! 結衣ちゃんが子犬をモフモフしている……!

 うらやましい。俺は我慢したのに……。

 子犬はまんざらでもなさそうに、目を細めてモフモフされている。


『この女子も神社にいるのか』

 結衣ちゃんにひとしきりモフられた後、子犬が俺にたずねた。

「ええ。うちの巫女見習いです」

『よし、神社とやらへいこう』

 子犬があっさりそう言ったので、俺はずっこけてしまった。

 なんて単純な。それでいいのか。いいんだな。

 俺はだんだん頭が痛くなってきて、額を押さえた。


 そんなこんなで、俺たちはみなで神社へ帰ることになった。

 お白様は俺の肩の上におさまり、山の神(通称お犬様)は俺たちを先導して、獣道を軽快に駆けてゆく。

 お犬様のお導きのお陰か、俺たちは迷うことなく神社近くの竹林まで戻ってきた。


『山の神……お小さくなられて』

 竹野郎は子犬姿の山の神を見て、驚いたような顔をしていた。

『長らくお見かけせんかったので、お隠れになられたんかと』

『心配をかけたな。少々、昼寝をしておったのだ』

『ご無事でなにより』

 竹がうなだれて目頭を押さえている横を、子犬はゆうゆうと歩いていく。


 竹野郎は俺と目が合うと、あからさまに視線をそらした。

『……よう見つけてきおったな』

「なんとかな」

『おおきに』

 竹が小さな声で礼を言った。俺はにっと笑って、親指を立てた。


 ***


 こうして、白水神社はもう一柱の神をお迎えすることになった。

 神道的な正式な名を「大口真神(おおぐちのまがみ)」という、山の神であり、魔除け・厄除けのご利益があるという神様だ。通称お犬様。

 

 ちなみに古くからいるもう一柱は「白水龍神」という水の神であり、金運アップのご利益があるとか。通称お白様。

 

 それに、蛇つながりでお招きされた弁天様。


 お犬様とお白様はちょっと喧嘩しそうな取り合わせだが、それなりにうまくやっている。

 

 わがままな白蛇と金眼の子犬と、八百万のものたちに翻弄される俺の兼業神主生活は、まだはじまったばかりだ――。


 

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