第61話 いざ山へ

「でも、お白様はどこにいっちゃったの?」

 結衣ちゃんが心配そうに顔を曇らせてたずねた。

「それが、よくわからないんだよな」

「どこかで散歩してるんじゃないんすか?」

 リュウさんは、あまり深刻にとらえていないようで、軽い調子で口を挟む。


 そうだったら、どれだけいいか。

 俺だって、お白様がしれっとした様子で現れて『何を心配しておるのだ』なんて、いつもの調子で言ってくれるのではと、淡い期待を捨てきれずにいる。

 だけど、枯れた水と無関係だとも、思えなかった。それに、お犬様のふるまいも……。

「何かあったんだと俺は思っている」

 俺はきっぱりとそう言った。

「水のことも、調査が必要ですな」

 これは、ムラ爺のコメント。

 すでに井戸のポンプをチェックして、ポンプ自体に問題はなさそうなことを確認していた。

 その後もみんながあれこれ意見を交わしたが、誰にも決定的なことはわからなかった。


「お犬様を見つけた泉は?」

 さすがの結衣ちゃんが、いいところを突いてきた。

「そう、その泉が、枯れてしまっているらしいんだ。だから、まずは泉を見に行きたい」

 それに道すがら、何か知っていそうな、古いものを見つけ出せればと、俺は考えていた。


 最初の目的地が決まって、俺たちはお社の裏から山に入っていった。

「遠足みたいね!」

「高校生ぶりっすね~」

 結衣ちゃんとリュウさんが、無邪気に話している。

「若者は元気だのう」

 ムラ爺がにこにこして、しんがりを歩く。

 俺はみんなの明るい雰囲気に、肩の力がゆるむ気がした。

 もしひとりで探していたら、焦りと不安で、もっと焦燥していたに違いない。

 珍妙な一行だけど、仲間がいるっていいことだな。うん。


 少し歩くと、例の竹林に入る。

 俺は軽く手を上げて、他の人たちの足を止めた。

 すらっとした竹が林立する間に、背の高い男が立っている。

「あそこに誰かいるっすよ」

 どうやら見えているらしく、リュウさんが驚いたように声を上げた。

「誰……?」

 結衣ちゃんは、見えてはいないものの感じているようで、竹林のなかを不安そうにのぞきこんでいる。

「竹だよ」

 俺はふたりに声をかけてから、竹男に近づいた。

『団体様で、どこ行くんや』

 竹男が相変わらずの関西弁でたずねてくる。

「お白様を探しに」

 俺が答えると、竹男はふんと鼻を鳴らした。

『山の神々が動いとるんや』

「お白様とお犬様が今どちらにいらっしゃるか、知らないか?」

 期待を込めてたずねるも、竹男は頭を振った。

『俺なんかには、わからんよ』

「そうだ、じゃあ地下の水の動きはわかるか? お前はこの山に、広く根を張っているんだよな?」

 俺の質問に、竹男はふと目を閉じた。

 風が吹いて、さらさらと竹の葉が音を立てる。

 竹男が目を開いて、肩をすくめた。

『この地面の下を流れとった水が、動いてるみたいやな』

「やはり。井戸水が、出なくなってしまったんだ」

『水が逃げたんやろ』

「逃げる?」

『水の流れは複雑や。どこかで変化があれば、変わることもあるやろ』

「水がどこへ行ってしまったか、わかるか?」

 竹男は頭を振った。

『俺の根は、それほど深ないんや。もっと根の深いやつに聞きな』

 それは、もっと古く大きな木に聞け、という意味なのだろう。

「わかった。ありがとう」

『ふん、がんばれや』

 竹のぶっきらぼうな励ましに、俺はちょっと驚いて、その後にやっとした。こう見えて、こいつは情に厚いから、水のこと山のことを、心配しているのだろう。

「もし何かわかったら、教えてくれ」

『……ああ』

 竹はうなずいて、すうっと竹林の中へ消えていった。


「この山一番の古木を探そうと思う」

 俺は待っていた三人にそう説明した。

「さっきブツブツ言ってたのは、あの竹と話してたんすか?」

 リュウさんが遠慮なく突っ込んでくる。

「まあ、そうだ」

 俺は素直に、八百万のものと話せることも認めた。

「不思議な力ですな」

 ムラ爺が興味深そうにつぶやく。

 

「ムラ爺、この山一番の古い木が何か、ご存じですか?」

「ふむ。わしも全てを知っとるわけではないがの」

 ムラ爺は白い髭の散ったあごをなでて、考え込んだ。

「……おそらく、大楠だろうの」

「大楠?」

「何百年もの歳を経ているという、古いクスノキじゃよ。ほれ、有名なアニメ映画で出てくる」

「奥山のおばさんからも、聞いたことあるわ」

 結衣ちゃんが、ぽんと手を打ち合わせて声を上げた。

「よし、じゃあその大楠を探しながら、泉に向かおう」


 俺たちはうなずきあって、いざ山の中へ、深く足を踏み込んでいった。




 


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