第60話 水を探す仲間

 翌朝、俺は作務衣姿で大きめのリュックを背負って、神社の境内に立っていた。

 明るい光の元で見る森とお社は、いつも通りの穏やかさで、昨夜の面影はない。


 手水舎の水盆はやはり空っぽで、『のどが渇いたな……』と苔の精が困ったようにつぶやいていた。

「ごめんな。できるだけ早く、水を見つけるから。まだしばらく、平気か?」

『うん。ぼくは大丈夫』

 けなげな返事に、「早く水を戻さないと」と俺は決意を新たにする。

 水の神社に水がないなんて、やっぱりおかしい。

 原因はともかく、お白様を見つけ出し、水を戻すのが最優先だな。


「神主さん、おはようございます」

「結衣ちゃん」

 挨拶の声に振り返ると、うちの巫女見習いである結衣ちゃんが、山ガール風ファッションで立っていた。ポニーテールにつばの広い帽子が似合っている。

「昨日の夜は、急に連絡してごめんな」

「ううん。大事なことなんですよね」

「そうなんだよ。どうしても、結衣ちゃんの助けが必要で」

 私にお手伝いできるかな、と小首をかしげる結衣ちゃん。

 一見普通の高校生だが、感じ取る力が強くて、お白様やお犬様のことも知っている、数少ない存在だ。

 お祭りでは神楽を舞ってもらうことになっているし、本当に助けられている。

 最初結衣ちゃんが、「バイトをしたい」と言ったときは、どうしようかと思ったけれど……。

「もしかしたら、夕方ちょっと遅くなるかもしれない」

 お白様探しが難航したら、山でキャンプの可能性すらある。

 結衣ちゃんはにこっと笑って、人差し指を立てた。

「もう夏休みだから、時間はいっぱいありますよ!」

 なるほど、もうそんな季節か……。

 夏休み。懐かしい響きだな。 


「ちーっす」

 軽い声が聞こえて振り返ると、頭に黒いタオルを巻いた兄ちゃんが鳥居をくぐったところだった。

「リュウさん、来てくれてありがとうございます」

 俺が声をかけたもうひとりの人は、空師のリュウさんだ。

 ちょっと癖のある人だが、彼も見える人だから、思い切って助力をお願いしたら、快く承諾してくれたのだ。

「いいっすよ、別に。ちょうど休みだったんで。で、何のイベントっすか?」

 昨日の夜、俺はリュウさんに手伝ってほしいことがある、と連絡したのだが、詳細はまだ説明していなかった。

「それがですね……」


 俺がふたりに向かって説明しようと口を開きかけたとき、もうひとりの人影が現れた。

「おや、若者が集っとるの」

「あ、ムラ爺」

 作業着姿で首に手拭いをかけたムラ爺が、相変わらず息も切らせず、俺たちのところに近づいてくる。

 そういえば、ムラ爺も井戸の様子を見に、来てくれるという約束だった。


「村田のお爺さんだ」

 同じ町内のこと、結衣ちゃんもムラ爺のことを知っているようで、「おはようございます」と挨拶している。

 リュウさんは初対面のようだが、持ち前の愛想よさで「はようございまーす」と。

「なんの集いかね?」

「えっと……」

 俺はちょっと迷った。

 お白様のことを、ムラ爺の前で話すのはどうだろうか。ムラ爺はたぶん、「見える人」ではない。

 今までの俺なら、八百万のものたちのことや「見える」ことは、できるだけ人には知られないよう、隠していたけれど……。

 俺は意を決して、口を開いた。


「みんな今日は、手伝いに来てくれて、ありがとうございます」

 三人がうなずく姿を見ながら、俺は続けた。

「ムラ爺には昨日話しましたが、神社の水が枯れてしまって……それが、うちの御祭神と関わっているんです」

 ムラ爺が白い眉をぴくりと動かした。

「ふむ。弁天様かね?」

「いえ、もっと古い、この神社の発祥とも言える神様です」

「お白様のことね!」

 結衣ちゃんはうちの御祭神たちの姿を見たことがあるから、すぐに察してくれた。

「あの白蛇か」

 リュウさんもうなずく。

 ふたりが理解してくれることを、俺は心強く思った。


 ムラ爺は、俺たちの顔を見回して、指をあごに当てた。

「ふむ。わしだけが、わかっとらんようじゃな」

「白水神社の御祭神、『白水龍神』のことは、ご存知ですか?」

「水の源を司る、この地域に古くから伝わる神だの。『お白様』と呼ばれとる」

「ええ。そのお白様は……本当に、この神社にいらっしゃるのです。私たち山宮家には、代々『見える人』が生まれて、この山の神を祀る役割をになってきた、と言い伝えられています」

「……ふむ」

「白蛇の姿をとったお方なのですが、そのお白様が……水が枯れるのとほぼ同時に、姿を消してしまったのです」


「えっ、お白様いなくなっちゃったの!?」

 結衣ちゃんが驚いたように声をあげる。

「この間、白蛇を見たとこっすけどね」

 リュウさんもそんな風に言い添える。

 一方のムラ爺は、難しい顔で俺を見ている。

「信じられない話かもしれませんが……水を取り戻すためには、お白様を見つけ出す必要があると、俺は思っています」

 頭がおかしいと、言われるだろうか。

 俺は言葉を切って、不安を感じながら、ムラ爺の反応を待った。


「……ふむ。わしにはわからん話だがの」

 ムラ爺は考えながらそう言った。

「だがまあ、『見えない』ものが『ない』わけではないからの。それに、神主さんは嘘をつくような方ではない。信じましょうぞ」

 ムラ爺は眉を開くと、力強くうなずいた。

 

 俺は一瞬、その返事が信じられなかった。

 ……話せば理解してもらえることも、あるんだな。

 過去の体験にとらわれて、ずっと隠し続けていたけれど。

 俺はうっかり泣きそうになって、あわてて顔を伏せた。 

 

 

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