第35話 藤棚をつくろう

『あんた、離れなさいよ』

『え~いやよ』


 嫌がる椿と、それを歯牙にもかけない藤。

 俺は両者の様子を眺めながら、状況を整理した。


 この間まで赤い花をつけていた椿は、今は花がほとんど終わり、代わりにまるくつやつやした実をつけていた。それに合わせてか、椿娘は地味な深緑の着物に、黒髪をお団子に結った装いだ。

 そして、その上に覆いかぶさるように枝を伸ばした藤の花は、今が花の季節らしく、紫色の房になった花がいくつも垂れ下がっていた。藤娘はくるくるに巻いた藤色の髪をして、痩せて手足が細く、椿に腕をからめてぴったりくっついて座っている。

 一見すると仲良し美少女ふたりの図だが、椿は明らかに嫌がっている。


「なるほど、藤ってつる植物だったんだな……」

 地面近くの幹はごつごつと太く、古い藤の木なのだと知れる。そのつるはうねうねと長く伸びて、椿の枝にからまり、他の木にも巻きついていた。枝葉は椿を覆うように広がって、日の光を独占している。最近まで気づかなかったのは、冬の間は葉を落としていたからだろうか。

 春の藤の花、というと美しいイメージだが、確かに他の木にとっては、ちょっと迷惑なのかもしれない。


『あっち行ってよ』

『そんなこと言わないで~』

『邪魔なの!』

『だって、ひとりで立てないんだもの』

 椿は怒りまじりで言い、藤は媚びるようになよなよしている。

 こ、これはどうすればいいんだ……。

 そのうち、殴り合いの喧嘩でもはじまりそうで、俺はハラハラした。

 

 よく見ると、椿の枝は藤の重みでしなっている。さすがに椿がかわいそうだった。それに、周りの木に邪険に扱われている藤も、気の毒っちゃ気の毒だしな。

 そこでひとつ思いついたことがあって、俺は手をぽんと打ち合わせた。

「よ、よし聞け!」

 俺は声をあげて、ふたりに話しかけた。 

「俺が藤棚を作るから、藤はそっちに枝を伸ばしたらどうだ?」

『なにそれ?』

「要するに、藤が自由にからんでよくて、日にもあたれるような場所だ」

『地面を這うのは嫌よ』

 藤が疑り深そうに俺を見た。

「大丈夫だ。このくらいの高さには作るから」

 俺は腕を頭の上に伸ばして、二メートルくらいの高さを示した。

 藤はためらいながらも『いいかも』と言い、椿は『早くなんとかして!』と自らの枝を揺すぶって訴えかけてくる。

 

 こうして、俺の次のタスク「藤棚づくり」が始まった。


「とはいえだな」

 藤棚って、どうやって作るんだ? 公園とか観光地のお寺にあるのはよく見かけるが、要するに支柱があって、その上に棒か何かを渡していけばいいんだよな?

 こんなときの文明の利器、インターネット検索。

 俺は「藤棚 作り方」とキーワードを入れて調べ、次のような解説を見つけた。


1.竹や木材、パイプなどの棒を格子状に組んで天板を作る

2.天板を支柱で支える

3.完成した棚に藤を這わせる


「ふむふむ、それほど難しそうではないな……」

 竹なら、うちの竹林から調達できそうだし、支柱だけなんとかすればいいな。それほど大きくなくてもいいだろう。

 しかし、ひとりで作るのは難しそうだから、誰かの助けがいるな。

 こういうとき頼れる人というと、ひとりの人物の顔が浮かんだ。


「こんにちはー」

 立派な日本家屋を訪問して声をかける。

「おお、神主さん。今日はどうされた」

 家の奥から出てきたのは、首にタオルをかけた作業着姿の爺さん、ムラ爺。一見するとただの爺さんだが、いろいろなことに詳しく、頼りになる存在だ。

「実は、うちの神社の境内に古い藤の木があってですね、そいつのための藤棚を作ろうと思ってるんです」

「ふむ、藤棚ですか。風情があってよろしいですな」

「そうなんですよ。その下にベンチを置いたら、休憩場所にもなって、一石二鳥かなと」

「それで、ここに来られたということは、この村田に手伝ってほしいということですかな」

「そうなんです!」

 俺は手を顔の前で合わせてお願いした。

「ムラ爺しか頼れる人がいないんです」

「仕方ないですな。おやさしい神主さんのためとあれば、一肌脱ぎましょう」

「ありがとうございます!」

 ムラ爺を味方につければ、もう完成したも同然だ。

 あとは、もう少し手伝い要員を探すか。できれば、若者の手もほしいよな……。


 その数日後の土曜日の午前中。

「おはようございまーす」

 俺が作務衣姿で待っていると、神社の階段を勢いよくのぼってきた少年がいた。階段ダッシュ少年こと永井くんだ。

 その後に続いて、結衣ちゃんも現れる。

「神主さん、今度は何するんですか?」

「そこに藤の木があるんだけど、他の木に絡まっているから、藤棚をつくってあげようと思ってな」

「藤の花って、あの紫色の花の?」

「そうそう」

「藤って森でも咲くんですか?」

 公園に植わってるものだと思った、との結衣ちゃんの言。永井くんもうなずいている。

「藤は日本固有の植物種じゃよ。自然にも生えておる」

 ちょうど階段を登ってきたムラ爺が、そんな解説を添える。ムラ爺は、ノコギリやスコップなど、大工道具ひとそろいを持参していた。

 ちなみに、俺も昨日の間に、ホームセンターでDIY道具を購入済みだ。


「よし、それじゃあ始めよう!」

「おー!」

 首にタオルをかけた作業着姿のムラ爺、作務衣姿の俺、高校ジャージを着た永井くんと結衣ちゃんの四人で、俺たちは作業にとりかかった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る