第38話 怖い殺し屋のこと

 俺の言葉が通じない、異国生まれの植物の精。

 ぼさぼさの赤い髪、ひょろっとした手足。


「なんか、沖縄で見た、ガジュマルの精に似てないか……?」

 ゴールデンウィーク前に、妹と両親が住む沖縄へ遊びにいったとき、庭に生える古いガジュマルの木があって、地元で「キジムナー」と呼ばれるガジュマルの精霊と、ひと騒動あったのだ。

 ホーム神社から遠く離れた沖縄では、俺の見る力も弱くて明確に見たわけではないが、今目の前にいる子どもと、空気感が似ていた気がする。

「いやだが、ここにガジュマルなんて、生えていないぞ」

 ガジュマルは、うねうねとした幹とも根ともつかないものが絡まり合った、独特の姿をしていて、もしあったらひと目でわかるはずだ。


『こいつは、私の肩の上にいる』

 大杉が淡々と俺に伝えた。

「肩の上? 枝の上に生えているってことか?」

 木の上から生えてくる植物なんて、あるのか?

 俺は二十メートル以上ある杉の木の梢を見上げて目を凝らすと、確かに、杉のつんつんとした濃緑の葉むらの間に、小さな木のようなものが見える気がした。

「もしかして、あれか」

 よく見れば、細長い根のようなものが、上からするすると杉の幹を伝って下に伸びてきている。

「でも、あんなところから、どうして……?」

 俺は一度家に帰って、調べてみることにした。


 こういうときにも役立つインターネットの情報の海。「ガジュマル 木の上」と検索しようとして、自動で出てくるキーワード候補の中に「ガジュマル 寄生」という気になる言葉を見つけた。

 さっそくそれで検索すると、ガジュマルに関する記事や写真がいくつか出てきて、その中には、ヤシの木にとりついたガジュマルの写真があった。木の途中にガジュマルが生えていて、うねうねとした根のようなものがヤシの幹に食い込んでいる。

「なになに、ガジュマルは熱帯の植物で、他の木に寄生して、絡みつきながら成長する……?」

 記事を読んでいくと、おそろしい言葉を発見して、俺は思わず声をあげた。

「し、絞め殺しの木!?」

 いわく、熱帯雨林に見られるイチジク属の木の多くは、他の木に寄生して、宿主植物を絞め殺すという特徴を備えている、のだとか。

「てか、あいつイチジクの仲間なの??」

 予想もしなかった情報に混乱する俺。あの果物のイチジクと種類は違うらしいが、いわば親戚が、「殺し屋イチジク」とでもいうべき恐ろしいやつらだったとは、知らなかった。このまま放っておくと、うちの大杉が殺されるかもしれないのか!?

 一見小さくて弱々しそうな子どもが、杉を殺してしまうシーンを思い浮かべて、俺は青ざめた。

 これは、どうにかしなければ。

 でも、一体どうやって?


 俺はもう一度、一の鳥居のところへ戻って、大杉を見上げた。意識して見れば、確かに写真で見たような姿の木が、杉の上にいるのがわかる。

「なんであんなやつが、ここに生えてるんだ……どこから来たんだ?」

 目を転じて、鳥居にもたれかかっている不機嫌そうな杉美人と、赤髪の子どもを見やる。子どもは俺と目が合うと、びくりと杉の後ろに隠れた。とても殺し屋に見えないが、よくよく見れば、目つきが悪い気がするのは、気のせいか。


 俺は殺し屋イチジクの精に向き合うと、思い切って英語で話しかけてみた。

 ちなみに、英語を話すのは大学の授業以来だ。社会人になってから、海外旅行にも行ってないし、日常で英語を話す機会なんてなかったからな。

「わっちゅあねいむ?」

 露骨に目をそらすイチジク。俺はめげずに話しかける。

「うぇああーゆーふろむ?」

『ぼふー』

 イチジクがぼそりと何か言った。

「おお、初めてしゃべった!」

『やーくなむ』

「けど、何を言っているかわからない!」

 俺の英語力がないから……ではなくて、こいつが話しているのは英語ですらない気がする。そうか、熱帯の国々は英語が母語ではない? いやそもそも、植物の精は国ごとに違う言語を話すのか?

 考えれば考えるほどドツボにはまってきて、俺はイチジクと会話することをあきらめた。

「うーん。どうしようか……」

『めんにゃん』

 イチジクが不信感に満ちた目で俺を見てくる。言葉はわからないが、おびえているのは伝わってくる。もしかして、こいつ自身も不安なのか?

 そのことに気づいて、俺ははっとした。

「異国から来て、こんなところに生えてしまったら、不安にもなるか……」

 気候も空気も違うだろうしな。日本はこいつにとっては寒すぎるのかもしれないし。そう思うと、この異国からきた木の子どもが、気の毒に思えてきた。

 

 杉のためにも、こいつのためにも、どうにかしてやりたいが、どうすればいいんだろうか。

 

 

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