第39話 棟梁との相談
俺が途方に暮れて、一の鳥居の前に立ち、杉と殺し屋イチジクの子どもを眺めていると、車のエンジン音が聞こえて、俺は振り返った。
白いミニバンが、鳥居の側の空いたスペースに駐車したところだった。
「おや、宮司さん。そんなところで何をしておいでで? 鳥居に何か問題でも?」
作業服を着た強面の男が、古びたビジネスバッグを小脇に、車から降りてきた。
先日営業に回った、山田工務店の人だ。名前は中嶋さんというのだが、俺は勝手に「棟梁」と呼んでいる。ウェブサイトのことで困っていた若手の男も一緒だ。
工務店の人たちの顔を見て、俺は今日の午後イチで、末社建設のことで打ち合わせの約束をしていたことを思い出した。
大杉の一大事に気をとられて、すっかり忘れていた。
「いえ、鳥居ではなく、この大杉にちょっと困ったことが起こって……」
俺が樹上の小さな木を指さして、絞め殺しイチジクに寄生されてしまっていることを話した。棟梁は眉間にしわを寄せて杉の梢を見上げ、目を細めた。
「言われたら、確かに小さい木があるが……宮司さん、よくあれが、寄生植物だとわかりましたね」
「いや、はは、ちょうどこの間、沖縄で同じような木を見たもので、似ているなあと……」
あわてて、それらしく説明して辻褄を合わせる。
棟梁には、かたわらの杉美人も赤髪の子どもも見えていないだろうから。
まずは仕事をしようと、俺たちは参道の階段を登って、神社の境内に向かう。
「今日は建設場所の打ち合わせでしたよね」
「ええ。今回のお社はごく小さいので、宮大工さんが組み立てたものを仕入れて、基礎部分だけ、うちでやらせてもらおうと思ってますわ」
「お社は、どうやってここまで運びますか?」
「それはもう、抱え上げるしかありませんな」
やはりそうなるのか……。大変だな。
総代さんとも相談して、結局、犬小屋並みに小さなお社にしたので、運べなくはないだろうけれど。
「すみません。車道がないので、大がかりな工事が難しくて……」
「いやいや、神社やお寺ではときどきあることですわ」
階段を登りきって鳥居をくぐると、灰色の毛並みの子犬が、てけてけと駆け寄ってくる。お犬様は工務店の人たちの匂いを確かめ、犬っぽく尾を振った。
「犬を飼っておいでですか。変わった目をしてますな」
お犬様の目は金色で、オオカミらしく鼻先がつんととがっている。それが珍しかったのだろう、棟梁はお犬様の毛並みをモフモフしながら、そう言った。
「飼っているというか、居ついてしまったというか……」
『主が招いたのだ』
お犬様が訂正してくる。
ええ、そうですね。
「末社は本殿の脇に建ててもらうかと思っています」
本殿に向かって右手側には藤棚と、その奥にしだれ桜がある。
そして、左手側のほうに、二本並んで生えたイチョウの木があって、その周りには空いているスペースがあった。
棟梁は俺が示した土地を検分して、指をあごにあて「ふむ」とうなった。
「大きな木の近くだと、意外と地表近くに根があったりするので、少し離したほうがいいですね」
「なるほど、そうですか」
『ここにせよ』
お犬様がふんふんと地面の匂いを嗅ぎ、本殿の横に並ぶような位置を鼻で指した。
「ここはどうですか?」
俺が棟梁にたずねると、棟梁は「ええ、大丈夫だと思います」とうなずいた。
「1メートル四方でコンクリートを打って、その上にお社をのせますので、工事をする範囲はこのくらいですね」
俺は棟梁が説明するのを、ふむふむと聞く。
やっぱりプロに任せる安心感は違うな。
ひと通りの打ち合わせを終えて、俺たちは階段をくだって麓に戻った。
一の鳥居の下には相変わらず、大杉と赤髪の子どもがいる。
「あの、木の上の植物を取り除くのは、難しいですかね」
俺はダメ元で、棟梁にたずねてみた。
「クレーンで届く範囲なら、うちでもできますが……」
大杉の梢を見上げて、棟梁は眉根を寄せる。
背の高い杉は、枝が邪魔なのもあって、クレーンで近づくのは難しそうだった。
「平野庭園さんに、相談してみたらいいかもしれんですね」
「平野庭園?」
「ご存じないですかね。小さいが腕は確かな、造園屋さんですよ」
棟梁が説明してくれる。
「あそこには確か、空師がいたはずですわ」
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