番外編 お詫びと和解

 俺は妹の家に帰ってくると、バーベキューコンロを借りてきて、ガジュマルの下で炭に火をおこした。

 市場で買ってきた魚を二匹ほど、網にのせて炭火焼きにする。

 うちわでパタパタとあおぐと、煙が夕空に立ち上り、魚の焼けるいい匂いが辺りに漂った。


「義兄さん、何してるんですか?」

 ちょうど今朝、出張から帰ってきた加奈の夫が、魚をひっくり返している俺のところにやってきた。義弟は海や森など、野外で調査をしているからか、いつ見ても浅黒く日焼けをしている。インドア派の俺とは真逆だ。

「ちょっとな、この木の精にお供えを」

「木の精? キジムナーですか?」

「おお、お前も知っているのか」

「あちこちで調査をしていると、地元の人から妖怪話とか、民話とかを聞く機会が多いんですよ」

「へえ、そうなんだな」

 義弟の仕事内容はよくわからないが、おもしろそうな仕事をしていると思う。

「加奈は怖がりだから、キジムナーについても色々、言ってましたね。そういえば」

「その件でな。ちょっとお詫びを申し上げたほうがいいかなと思って」

 俺がガジュマルの木を見上げて大真面目にそう言うと、義弟は目をぱちぱちさせた。

「まあ、お祓いみたいなものだ」

「そっか、義兄さんは神主になったんでしたね」

「おう。うっかり、勢いで」

「ITエンジニアの仕事は辞めたんですか?」

「会社は辞めた。今はフリーで仕事受けている」

「うわ、理想的ですね。神主兼エンジニアとか、おもしろすぎる」

 この義弟は基本がおもしろがりで、見える人ではないが、俺や加奈がそういう話をしていても、「そういう人もいるんですね」と普通に受け入れてくれる、稀有な人材なのだ。

「せっかく火をおこしたなら、ついでにバーベキューしましょうよ」

 義弟はノリノリで、庭にテーブルと椅子を引っ張り出して、肉やら野菜やら並べだした。


 日が落ちてきて、家族がバーベキューでわいわいやっているのを傍目に、俺はガジュマルへの「貢物」を用意した。

 焼いた魚に、土産に持ってきた俺の地元の酒、お菓子、果物などを盆にのせ、ガジュマルの木の下に供える。

 ろうそくに火を灯すと、その隣に立てた。

「うちの妹が、大変申し訳ないことをしました。どうか、この品々をお納めください」

 俺は口の中でそうつぶやくと、手を合わせて一礼する。

 それから、義弟に借りてきた釘抜きを取り出すと、幹に刺さった釘を引き抜きにかかる。

「けっこう頑固に、刺さってるな……」

 途中で折れたらどうしよう、と不安だったが四苦八苦の末、なんとか引き抜いた。

 釘の刺さっていた穴からは、まるで血のように白い乳液が流れ出した。

 うん。これは痛かったことだろう。

 

「肉焼けてますよー」

 義弟がのんびりと俺を呼ぶ。

「おう、終わったし俺も食うよ」

 幹と枝のからまりあったガジュマルの下、一家で楽しむバーべーキューは最高だった。焼いた豚バラも、地元産の野菜もうまい。

「よかったら、お前も一緒に楽しんでくれよ」

 姿の見えないガジュマルの精に向かって、俺はひとりそう話しかけた。


 その夜眠っていると、また真夜中に目が覚めた。

 俺のベッドのかたわらに、子どものような影が立っている。赤っぽいぼさぼさの髪で、手には木の枝にさした魚の目玉を持っていた。

『にふぇーど』

 子どもはそう言ったようだった。

 俺にその言葉の意味はわからなかったが、子どもがにっと笑ったので、きっと喜んでいるんだな、と感じた。

「仲良くしてやってくれな」

 俺は半分眠ったまま、そう言った。

『魚、ときどきちょうだいね』

「わかった、加奈に言っとく」

 そのまま、俺はまた眠ってしまったようで、その後のことは、あまり覚えていない。


 翌朝目が覚めて、ガジュマルの木を見に行くと、昨日供えた焼き魚は、目玉だけきれいにくり抜かれてなくなっていた。

「昨夜の子どもは、やっぱりキジムナーだったんだな」

 たぶん、許してくれたみたいで、よかった。

 加奈には、ときどき魚の頭をお供えするように言っておこう。

 

 ***


 こうして俺の短い沖縄旅行は終わりを告げた。

 ちなみに、泡盛とてびちのお土産は、うちの御祭神たちに、とても喜ばれた。

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