第67話 災いを知らせる
「みんな、起きてくれ! 急いで山を下ろう!」
俺は岩と根の間のくぼ地に戻ると、他のみんなを起こした。
「ふわあ……どうしたんすか? まだ真っ暗じゃないすか」
「うーん、雨やみました……?」
リュウさんと結衣ちゃんが、それぞれ半分寝ぼけたように身体を起こした。
「あれ、ムラ爺は?」
よく見れば、ムラ爺の姿がない。
俺があわててくぼ地の外に出ると、先ほど俺とお犬様がいた岩の縁のところで、ムラ爺が立って渓谷を見下ろしていた。
空はいつの間にかさらに明るくなり、夜が明けようとしているようだった。
「ムラ爺、起きてたんですか」
俺が声をかけると、ムラ爺が振り返って、うなずいた。
リュウさんと結衣ちゃんが、遅れて俺たちのところへやってきた。
「すまんの。先ほどの話を聞いてしまった」
ムラ爺がすまなそうに謝った。
「お犬様と呼んでおられたあの不思議な犬は、ただの犬ではないのでしょうな」
「……ええ。あの方は、白水神社の御祭神、山の神です」
「お犬様が、ここにいたの?」
結衣ちゃんが、そっと辺りを見回す。
「……にわかには、信じがたい話だがの」
ムラ爺は再び、谷へ視線を戻した。
「山が崩れる、とな」
俺はうなずいた。
「その危険性が高いようです」
「言われれば、あの辺りが、緩んでおる気がするの」
ムラ爺が、下流側の太陽光パネルが並ぶ辺りを指さした。
「もし土砂が川に流れ込めば、川が溢れるかもしれんの」
「ええ。だから、急いで山を下って、町の人に知らせないと!」
俺が力をこめてそう言うと、みんなが同調するようにうなずいた。
「ここからなら、神社に戻るより、直接、道路に降りたほうが早いでしょうな」
ムラ爺がそう提案した。確かに、弱い電波をたよりにスマートフォンで地図アプリを確認すると、道路までそれほど遠くない。
「私も、がんばって転ばないように歩く!」
「結衣ちゃんは俺がフォローするっす」
結衣ちゃんとリュウさんも、力強く言い添える。
俺たちは急いで荷物をまとめると、ムラ爺を先頭にして、山を下りはじめた。
雨はまだ降り続いており、道はすべって危なかったが、俺たちは互いに助け合いながら、できるだけのスピードで歩いていった。
ムラ爺は的確に道を見つけ出して、一時間ほどで俺たちは、車道へと出ることができた。ちょうど、川に橋がかかっている場所、俺が以前車でやってきた辺りだ。
「川の水位が妙に下がっていますな。あまりよくないですな」
ムラ爺が川の様子を確かめて、つぶやいた。
時刻は六時過ぎ。すっかり夜は明けたが、いまだ雲が空を重く覆い、辺りは薄暗いままだ。
俺たちは、車道沿いに急いで町の方へ戻っていった。
「ここから、何キロあるんすか?」
リュウさんがたずねた。
「六キロくらいかな……」
俺はスマートフォンの地図アプリで確かめて、答えた。
「歩いてたら時間かかるっすね。車をつかまえましょうよ」
朝早くのこと、車通りは多くなかったが、ほどなく白いミニバンが後ろから走ってきた。リュウさんが遠慮もなく手を振って合図をすると、ミニバンは俺たちを少し追い越したところで停車した。
「神主さんじゃないですか。こんな早朝に、みなさんでどうされたんで?」
強面の作業服の男が、運転席から顔を出した。誰かと思えば、以前お世話になった、山田工務店の棟梁だった。
「すみません、町まで乗せてもらませんか」
「いいですが……」
棟梁は、俺たち一行のメンツを不思議そうに眺めていたが、快く白水神社まで送ってくれた。
鳥居の前で、俺たちは次の動きを相談した。
「山が崩れるかも、ということを、みんなに知らせないと」
俺がそう言うと、みんなは頼もしくうなずいた。
「俺は、まず総代さんに伝えます」
神主として、一番に連絡すべきはそこだろう。
「わしは、町内会と役場に連絡しましょうかね」
町内でも顔のきくムラ爺がそう申し出てくれる。
「私は、学校の連絡システムで回してもらうようにする!」
結衣ちゃんは現役高校生ならではの提案。
「じゃあ俺は、この地域の林業土木会に連絡するっす。プロがいるから、何か対策できるかも」
造園屋であるリュウさんらしい意見だ。
そうして、みんなは各々、散っていった。
俺はまず、総代さんに電話をかけて、事情を説明した。
総代さんは驚いていたが、ちゃんと話を聞いてくれて、総代さんからも役場に話をすると言ってくれた。
ムラ爺や総代さんから言われたら、きっと役場も動いてくれるだろう。
電話を切った後、俺は思うところがあって、車に乗り込みエンジンをかけた。
「面倒だけど、あの人らにも知らせたほうがいいだろうな……」
折しも、再び雨が降り出していた。
重く暗い空が、不吉な予兆のように思われた。
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