第68話 業者と山鳴り

 俺は灰色の雨が降る中、隣町へ車を走らせた。

 崩れる危険のある山道は避けて、海沿いの道から向かう。


「確か、この辺だよな……」

 うちの町からもさほど離れていない辺り、カーナビを頼りに、目的地を確認する。

 表示されているのは「テッペン・エナジー管理事務所」。

 その名の通り、太陽光発電所の開発業者である「テッペン・エナジー社」が、この地域の事業を管理している事務所だ。


 今回の騒動の発端をつくったやつらではあるが、災害の起こる可能性があることは、やはり知らせておかなければと思ったのだ。

 もし誰かが巻き込まれたら、後味が悪いしな。

 うちの神様は気にしないかもしれないが、俺が気にする!


 やがて、「テッペンエナジー」と看板のかかった敷地にたどりついた。周囲は金網に囲まれているが、入り口の門は開いている。ちょうど出勤時刻なのだろう、事務所に入っていく人が見えた。

 俺は事務所の前の空いている場所に車を停めた。


 車を降りて、そこではたと、自分の格好に気がつく。

 一日山で過ごしたため、薄汚れた作務衣姿だ。

「これはもしかして、怪しまれるかな……」

 ええい。気にしていも仕方ない。

 俺は意を決して、事務所の入り口に近づくと、ドアを開いた。

「おはようございまーす」

 中には二人の男がいて、俺の方を振り返ってあからさまに眉をひそめた。

 ちなみに、この間うちの町の公民館にまで現れた男たちとは、また別の人間のようだ。みんな似たような作業服を着ているから、いまいち見分けがつかないが。

「……何かご用件でしょうかね?」

 男たちが警戒したようにたずねた。

 俺は急く気をおさえて、できるだけ穏やかな声で名乗った。

「私は白水神社の神主です。山宮といいます」

 男たちの眉間のしわが深くなった。

「報告は受けていますよ。うちの敷地に不法侵入して、業務妨害をした人がいるとね」

「のこのこと、ここにまで顔を出すとは」

 ヤバい、俺の印象最悪ではないか……まあそれは、お互い様か。

 俺は両手をあげて、まあまあと彼らをなだめ、急いで用件を切り出す。

「今日はちょっと、緊急事態なんです。聞いてください」

「……緊急事態?」

「川沿いの山が危険です。この雨で、いつ崩れてもおかしくない……あなたたちの発電施設も、被害を受けるかもしれない」

 俺は真剣な声で説明したが、男たちは明らかに信用していない顔で、肩をすくめた。

「……うちは、土台の造成には、特に注意をしています」

「たまにいるんですよね。うちの事業のせいで、土砂崩れのリスクが高まったなどと、言いがかりをつける輩がね」

「言いがかりなんかじゃない!」

 俺は必死で訴えたが、男たちは「お引き取り願います」と俺に背を向けた。


「くそっ」

 まったく聞き入れられなくて、俺は肩を落とした。

 こんなやつらのこと、知ったこっちゃない、と諦めて事務所の外に出たとき、空から羽音が聞こえて、振り仰ぐと空から黒い影がふたつ、舞い降りてきた。

『見つけたかぁ』

 見覚えのあるカラスたちが、かあかあと騒がしく鳴いた。

 熊野神社の古い力を持ったカラスだ。この辺りの山も彼らの領域で、前にも発電所の敷地でうろうろしていた。

『山がうなっているかぁ』

『それなのに、人がいるかぁ』

「なんだって!?」

 聞き捨てならないその言葉に、俺は思わずカラスたちに詰め寄った。

『前に、山の神を怒らせた男たちだかぁ』

『性懲りもなく山をうろついているかぁ』

 カラスたちは黒い翼をバサバサ鳴らして、口々にそう告げた。

「あの作業服たちか……」

 どうりで、事務所にあいつらの姿が見えないと思った。


 俺はあわてて事務所に戻って、声を張り上げた

「この雨で、山に行っている人がいるんですか!?」

 男たちは俺の剣幕に、驚いたように顔を見合わせて肩をすくめた。

「仕事ですから。大した雨じゃないんで、心配するほどではないかと」

「そんな悠長な事態じゃないんです!」

 男たちに説明しても埒が明かないと判断した俺は、事務所を飛び出すと車に乗ってエンジンをかけ、大急ぎで発進させた。


 先ほどは通るのを避けた山道へと車を走らせる。

 俺の焦りをあおるように、雨が強まってきて、フロントガラスを打ちつけた。

 雨の中、カラスたちが俺を先導するように、少し先を飛んでいる。

「これは本当にヤバいかもな……」

 川沿いの開発現場に近づくと、通行止めの看板が出ていた。

 その前には雨合羽を着た何人かの人が、不安そうに山の方を見ている。その中にはムラ爺とリュウさんの姿もあった。どうやら、彼らが町に知らせて、一時的に人が川に近づかないように対処してくれたようだ。

「さすがっ!」

 俺は路肩に車を停めて、雨の中外へ飛び出した。

 ムラ爺が俺に気づいて、駆け寄ってきた。

「おお、神主さん。こちらは通行止めにしてもらいましたぞ」

「ありがとうございます! でも、俺はちょっと山を見に行きます!」

「なんと!? 危ないですぞ!?」

 ムラ爺やリュウさんに制止されたが、俺は振り切って現場の方へ走っていく。

 この先に人がいると知っていて、放っておくことはできない。

 たぶん役場の人も、この雨で現場を回っているやつらがいるとは思っていないだろう。 


 川に近づくと、カラスたちの言う通り、ごろごろと、地鳴りのような音が感じられる。思えば、今朝から断続的に聞こえていた音だ。

 それに、見下ろした谷川はこの雨なのに、異様に水位が低い。

「いよいよマズイ気がするぞ……」

 カラスが俺の頭上を舞って、かあと鳴いた。

『こっちに人がいるかぁ』

 俺はカラスの案内に従って、森が切り拓かれている現場へと山の斜面を登っていった。





 

 


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