第25話 山の源を探して①
『忘れられた神様を私たちが思い出したら、生き返るんじゃないの――』
結衣ちゃんに言われて、俺は心に決めた。
山の神を探しに行こう。
もしかしたらどこかで、眠っているだけかもしれないじゃないか。
根拠はないが俺はそんな直感を持っていた。
さっそく頭の中で計画を練る。
「ねえ、結衣ちゃん。明日は一日、手伝ってもらっていいかな」
俺は結衣ちゃんにそうお願いした。感じる力の強い彼女と一緒に行ったほうが、見つけやすい気がしたのだ。
「山の神を、探しに行こうと思うんだ」
「え、オオカミを!?」
結衣ちゃんはものすごく、ワクワクした顔になった。
「危なくないかな、でも会ってみたい!」
「たぶん、危なくはないと思うよ」
神はあくまでも「信じる存在」であって、実体のある生き物ではないからな。
いやでも、お怒りを買うようなことをしたら、前のように遭難しかけるかもしれないが……。
だがまあ、大丈夫だろう。お供えもたっぷり持っていこう。
翌日、俺と結衣ちゃんは朝から神社で集合した。
前回のタケノコ掘りの苦い経験を踏まえて、今日の俺は準備万端だ。飲み物と食料、糖分補給のお菓子に、レインコート、お供え用の酒(ワンカップ)と、オオカミが好きそうな骨付き肉少々。
結衣ちゃんは、ポニーテールにキャップをかぶって、短パンにレギンスという山ガールスタイルだ。
うん。巫女服もいいが、山ガールもかわいいな。
ちなみに俺は、相変わらずの作務衣姿。神主としての意識を忘れたくないからな。
「お参りして、お白様のご加護をお願いしていこう」
俺と結衣ちゃんは、まずは朝のお参りをしていく。
からん、からんと鈴を鳴らし、二拝二拍手一拝。
「お白様。今日はぜひ、ご同行をお願いしたいのですが」
俺は口の中で、お白様に呼びかけた。
「昔、お白様のおわした山の源の泉を、探しに行きたいのです。ちなみに、リュックの中にはたっぷり御神酒(ワンカップ)が入っています」
酒につられたのか、白蛇がすうっとどこかから姿を現して、賽銭箱の上でとぐろを巻いた。
『山の源に行ってどうする?』
「……山の神を探そうと」
俺は一瞬ためらってから、本当のことを言う。どうせお白様には、嘘をついてもすぐにバレる。
お白様は赤い目をすっと細め、ちろちろと舌を出し入れした。
『……ふん。よかろう』
俺が一礼してうやうやしく両腕を差し出すと、白蛇はするすると腕を登って、いつもの肩の上におさまった。
俺とお白様のやりとりを、結衣ちゃんが不思議そうな顔で見ている。
「神主さん、お白様と話していたの?」
「まあね」
俺は指を唇の前で立てて、「お母さんには秘密だよ?」と言っておく。結衣ちゃんは何がおかしかったのか、くすくすと笑った。
準備が終わると、俺たちは出発した。
本殿の裏の道から山へ入っていく。
「ねえ、神主さん」
俺の後ろを歩いている結衣ちゃんが、質問してくる。
「山の神様がオオカミなら、お白様はどんな姿なの?」
そうか、神社に御神体が置いてあるわけでもないから、結衣ちゃんは知らないんだな。
「お白様は、白蛇だよ」
「蛇かあ、ちょっと怖いなあ」
結衣ちゃんはリアルな蛇を想像したのか、身をすくめている
『うむ。畏れるがよい。どこかの神主は、敬い方が足りん』
お白様が偉そうに俺の肩からそんなことをのたまう。何をおっしゃるか。こんなに敬い崇め奉っているというのに。
「怖くはないよ。ただの呑兵衛だから」
「蛇って酔っぱらうの? なんかかわいい」
『これ、何を言っとるか』
そんなどうでもいい会話をしながら歩いていくと、道は例の竹林に入っていく。
俺は深呼吸し、感覚を研ぎ澄ませた。この竹林全体がひとつの生き物で、それが竹野郎なのだと、今は知っていたから。
右手方向に気配を感じて振り向くと、背の高いしなやかな体つきの男が立っている。
俺はできるだけ気さくに挨拶した。
「よう、その節はどうも」
『今度は団体様で、何しにきたんや』
竹は警戒したように、少し離れたところから俺たちをにらんでいる。
俺は結衣ちゃんに「ちょっと待ってて」と声をかけると、道をそれ、スタスタと竹男に近づいていった。
やにわに、リュックに手を入れると、御神酒もといワンカップの瓶をひとつ取り出し、ふたを開けた。
「先日は大変失礼した。俺は誤解していた。確かに俺たちは、山の神のことを忘れていた。あと、お前のことをただの厨二だと思っていた」
お詫びにと、ワンカップをすっと差し出し、一礼する。
「今から山の神に、ご挨拶にうかがうつもりだよ」
竹は意表を突かれたようにぽかんとしていたが、やがて目をそらした。
『山に広く根を張っている俺でも、もう百年以上お会いしてへんのや』
お前に見つけられるはずないわ、と言いながらも、その声にかすかな期待を感じ取って、俺はにっと笑った。
「まあ、うまくいくかは知らないが、やれることはやってみるよ」
だから、竹林の中は通らせてくれな、とお願いすると、竹野郎は不本意そうながらも『好きにしな』とつぶやき、ちゃっかりワンカップの酒は飲み干して、竹林の中にまぎれていった。
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