第32話 総代さんと猫

 営業活動の帰り道、俺は総代さんの家に寄った。

 

 総代とは神社の氏子さんたちの代表的な立場で、うちの地元の場合は、町内会役員も兼ねている。町内でも発言権の強いキーパーソン的な人だ。

 おまけに今の総代さんは、俺の小学校のときの同級生の父親で、古くからの知り合いでもあった。

 俺のやんちゃな子ども時代を知っているものだから、ちょっと気まずかったりするのは、ここだけの話だ。


「こんにちはー」

 基本鍵のかかっていない玄関の扉を開けて、声をかけると「どうぞ、あがってください」と奥から総代さんが顔を出した。眼鏡をかけた、きちっとした感じの人で、郵便局で働いている。

 

 奥のリビングに招かれて、ソファを勧められた。

 昔はこの家も、昔ながらの日本家屋なつくりだったのだが、最近リフォームしたらしくて、内装はきれいな今風になっている。

 ソファの隅には、三毛猫が丸まって寝ていた。

「ミケさん、お邪魔しますよ」

 俺が猫に声をかけてソファに座ると、総代さんがあわてて猫を追い払おうとする。

「すみません。こら、ミケ、降りなさい」

「いえ、お気になさらず」

 寝ていた三毛猫は顔をあげて俺を見ると、ふわーと大口を開けてあくびをした。

 かなり年寄りらしく、毛並みはぼさぼさで、顔のあちこちに白髪が目立っている。

「このミケちゃん、俺が子どもの頃からいましたよね」

「確か、もう二十歳過ぎですよ」

「すごい長生きですね」


「ミケは今年で二十三歳よ」

 後ろから声がして振り返ると、二十代くらいの女性が、湯呑みののったお盆を手に、部屋に入ってきたところだった。

 ショートボブに眼鏡をかけた顔立ちは、総代さんともどことなく似ている。俺はまじまじとその人を顔を見て、はっとする。

「……もしかして、希(のぞみ)?」

「翔太くん、久しぶり」

 彼女は小・中学校時代の元同級生で、総代の娘さんだった。高校からは別だったから、今までほとんど会う機会もなかったが、面影があってすぐにわかった。

「ずっと地元にいたのか?」

「ううん。最近まで関西のほうにいたけど、戻ってきたの」

「奇遇だな。俺も東京からのUターン組だ」

「神社の後を継いだって、お父さんから聞いたわ」

「そうなんだよ。うっかりとな」

「うっかりって」

 希は口を手に当ててくすくす笑うと、「ごゆっくり」と言ってリビングを出ていった。

 俺はその後ろ姿を見送ってから、父親である総代さんの方を向く。

「希さん、戻ってきてたんですね」

「つい先週ですよ。困ったものです」

 総代さんが肩をすくめてそう言った。

 どうやら、何か事情があるようだったが、本人がいないところで聞くのもなんなので、俺はあまり深入りしないことにした。

 本心は、だいぶ気になっていたが。

 

 本題に入って、俺と総代さんは、末社建設費用の話をする。

 俺は地元企業何社かから御寄進してもらえそうだと報告し、総代さんは町内会での話し合いの結果を教えてくれる。

「奥山のおばあさんなど、何人か、山の古い神のことを覚えている人がいてね。最近、鹿やイノシシの害が増えているし、一昨年は大雨のときに山崩れがあったのもあって、一度きちんと山をお祀りしてもいいんじゃないか、という話になって、町内会と氏子さんたちの承認も得られたんですよ」

 なんとか、小さな末社を立てられるくらいのお金は、集まりそうで、俺はほっとした。

 このご時世、新しい末社を建てるなんて、賛同を得られないかもしれないと心配していたのだが、ものすごい高額ではなかったこともあり、なんとかなりそうだった。


「まあ、ほんと犬小屋みたいなので、大丈夫なんで……」

 うちのモフモフ子犬、もといお犬様のためのお社だからな。安上がりだからと、最初は本当に、ホームセンターで犬小屋を買おうとしていたのは内緒だ。

「犬小屋?」

 総代さんが怪訝そうに聞き返してくる。

「いえいえ、なんでもありません。ごく小さなお社で構わないと思います」

「十分な予算を集められず、申し訳ないです」

「突然の話だったので、仕方ないです」

「しかし、そんな古い神様の話が、神社の本殿から出てきたんですか?」

「ええ、掃除をしていて、偶然……」

 山で子犬もとい山の神を見つけたなんて、事実を話すわけにもいかないし、俺がいろいろ「見える」話を、大勢の大人の前で話す気にもなれなくて、そういうことにしていた。

 まあ、嘘も方便というやつだ。


 用事が終わって世間話をしているとき、俺のジャケットのポケットで何かがもぞもぞと動いた。どうやら、トカゲがまたついてきていたらしい。ポケットから、青色の尻尾がのぞいている。

 そのとき。

 俺のかたわらで何かが素早く動くのが、視界の端に入った。

 次の瞬間、三毛猫が俺に飛びかかってきて、胸にどんっと衝撃が走る。

「な、なんだ?」

 青いものがしゅっと通り抜け、その後を猫が素早く追う。

「あっ、俺の幸運の御守が!」

 なんと、さっきまで寝ていたはずのミケが、急に覚醒してトカゲを追いかけ始めたのだ。

『ひえー』

『待てこのちび!』

 小さき者たちの声が聞こえるのは、たぶん幻聴ではない。

 トカゲはすぐに俺のところに戻ってきて、素早く俺の服の中に隠れた。

 三毛猫は俺の真横にちょこんと座り、虎視眈々とトカゲを狙っている。


『私の獲物を出しなさい』


 猫が俺にそう命じた。

 尻尾の先が、なんとなく二股になっているのは、目の錯覚だろうか。


 ……どうやら俺は本当に、神社の外でもいろいろ見えるようになってしまったらしい。俺は困惑しながら、三毛猫と対峙した。



 

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