第11話 チャドクガとの闘い

 俺は一の鳥居の横にある家に帰ると、仕事部屋でパソコンに向かい、調べものをする。


 まずは「チャドクガ 駆除」で検索。


「駆除の基本は、毛虫のいる枝をそのまま切り取って袋に入れて……」

 袋に入れて、ゴミとして出すなどと書かれている。そ、そんな方法でいいんだろうか。熱湯や殺虫剤をかけるという手もあるらしいが、お勧めしないとある。


「というのも、チャドクガは毒針をまき散らす習性があるから!?」

 なんて危険なやつなんだ。

 俺はぶつぶつひとりごとを言いながら、チャドクガという毛虫について調べていく。どうも、知れば知るほどやっかいなやつのようだ。

 業者に駆除を頼むという手があるらしいが、すぐには対応してくれないかもしれないな。どうしようか。


 そのとき、ピンポーン、と家のチャイムが鳴った。


「誰だろう?」

 宅配は頼んでいないはずだ。

 前に、町内の人が急なお祓いを頼みにきたことがあったが、今回もその手の用件だろうか。


 玄関の扉を開けると、そこには首に手拭いをかけ長靴をはいた爺さんが立っていた。腕には野菜の詰まった段ボールを抱えている。

「おお、近所の噂で新しい神主さんが来とると聞いたが、本当だったか」

「あ、ご挨拶遅れました。神社のお世話をしております、山宮翔太です」

 町内の氏子さんのようだ。最近少しずつ、俺の存在が認知されてきているらしい。この間、町内会長には挨拶にいったが、そういえば他の人にはまだちゃんと紹介されていなかった。

「前の宮司さんの息子さんだの。小さい頃、鳥居で遊んどる坊主を見たわい」

「ええ、その節は、とんだ粗相を……」

 子どものころの俺、やっぱり鳥居で遊んでたのか。罰当たりな子どもだ。

「大したもんじゃないが、うちの畑でとれた野菜だ。もらってくだせえ」

「ありがとうございます」

 ダンボール箱にずっしりと入ったキャベツに玉ねぎ、そら豆などの野菜。どれもみずみずしくて、おいしそうだ。今度、畑のやり方を教えてもらおうかな……。


 そこで俺ははっと閃いて、爺さんにたずねかけた。

「そうだ、爺さん。毛虫の退治の仕方、わかりますか!?」

「どの毛虫かね。イラガか、チャドクガか」

「そう、そのチャドクガです! うちの神社の椿に出てしまって、おかげで椿が泣きわめいて……」

「泣きわめく?」

「あ、いえ、葉を食い荒らされて、かわいそうで……」

 いけない、うっかり口が滑った。

「おお、それはいかん。チャドクガの毛は毒があってな、触るともう、痒くて痒くてたまらんのだ」

「退治できますか?」

「やっかいだが、できる」

 爺さんは重々しくうなずいた。

 俺は爺さんの手をがしっと握って、ここぞとばかりにお願いした。

「お願いします、駆除を手伝ってください!」

「神主さんの頼みとあれば、ひと肌脱ぎますとも」

「やった、ありがとうございます!」


 いざ、頼もしい仲間を得て、チャドクガとの闘いが火ぶたを切って落とされた。


 その十分後、俺は作務衣姿で爺さんの軽トラの助手席に座っていた。

 まずは、武器の調達に行くのだ。

 道すがら、爺さんの名前は村田さんというのだと教えてもらう。これからは、ムラ爺と呼ぶことにしよう。


 武器屋の名前、それは地元のホームセンター「はっぴーでい」だ。

 

 作務衣の俺と、首から手拭いをかけた作業着のムラ爺は、並んで店に足を踏み入れる。

 田舎のホームセンターは、こんな格好の俺たちが浮くこともないくらい、普通に作業着姿の人たちが買い物に来ている。農家の人や、工務店っぽい人たち。もちろん普通の格好をした買い物客もいる。


「さて、まずはあれだな」

 ムラ爺は迷うことなく、殺虫剤が置いてあるコーナーへ向かう。

 手に取ったのは、「チャドクガ毒針毛固着剤」なるスプレー。まさに、チャドクガとの闘いに特化した武器だ。こんなものがあるんだな。知らなかった。


「神主さん、剪定鋏や軍手はお持ちですかな」

「ちょっと分からないんで、買いましょう。経費で落とします」

 さらに、剪定鋏という名の武器と、軍手という名の防具を手に入れる。

「あとは、この帽子があると便利ですわ」

 ジャングル探検隊がかぶっていそうな、つばの広いハットに、首から顔を覆う布がついた帽子をムラ爺が探し出してくる。目だけが出て、街でかぶっていたら完全に不審者なやつだ。

 夏の草刈りのときにも重宝するらしい。

 さらに、ぶ厚めのビニール袋もゲットして、俺たちは武器屋(はっぴーでい)を後にした。


 軽トラで神社へ戻る道すがら、ムラ爺がこれまでの毛虫との歴戦(ウンチク)を語ってくれる。

「チャドクガは椿やサザンカにつく。あとやっかいなのが、桜や桃に出るイラガだな」

「イラガなんてのもいるんですか」

「黄緑色でとげとげしいやつらだ。あれは刺されると痛い」

 言われれば子どもの頃、そんな毛虫を見たことがある気がする。うちの神社にも桜の木があるから、もし出たらメンヘラなしだれ桜なんかは、卒倒しそうだな。大丈夫かな。よくよく、気をつけてやらないと……。


「だがまあ、虫が出るというのは、自然豊かな証拠じゃな。白水神社は森がすばらしい。蝶の種類も多い」

 ムラ爺がひとりうなずきながら言う。

「そうなんですか? 毛虫なんて、どこにでもいそうな気がしますが」

「ところがな、蝶や蛾の幼虫はグルメでな。決まった種類の木の葉しか食べないやつが、ほとんどなんじゃよ」

「へえ、そうなんですね……」

 そうか、毛虫は贅沢なんだな。知らなかった。


 しかしムラ爺、やたらと虫に詳しいな。田舎の人ってのは、そんなもんなんだろうか?

 軽トラのハンドルを握るムラ爺の白い眉毛と、その下で鋭く光る眼差しを見やりながら、改めてこの人は何者だろうと考えた。

 

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