第9話 憑りつかれた少女のお祓い②


 赤メッシュの少女は、不審そうな顔で俺を見ている。


「あの……一体」

「君はもしかして、見えている?」

 俺の肩の上に乗った白蛇に、ちらりと視線をやってたずねると、赤メッシュ娘はふるふると首を振った。あれ、予想がはずれた。てっきり、見えているんだと思ったのに。

 お白様は気分で、姿を濃くしたり薄めたり、普通の蛇になったりできるんだが、今は薄めの姿でいるからだろうか。


「でも……何かいるのは、わかります」

 彼女は恐る恐るといった口調でそう言った。その目線は、俺の肩の辺りをじっと見ている。

「鋭いんだね。ここにいるのは、この神社の神様だよ」

 赤メッシュ娘は信じられないという面持ちで、眉をひそめた。

「それって、お白様?」

「そうそう。まあ、信じなくても大丈夫」

 信じてないのにあんまり言うと、怪しい神主さんになってしまうから、俺はあわてて誤魔化した。変な噂が立つと、ますます参拝客が減ってしまう。


「それで、お母さんはああ言うけれど、君はどう思う?」

 俺がそうたずねると、赤メッシュ娘はためらいがちに口を開き、何度か言葉を探すように視線を泳がせた後、意を決したように言った。


「あの、お母さんは、何かに憑りつかれていると、思うんです」


 俺は意表をつかれて、ぽかんとしてしまった。

 肩の白蛇に目をやると、お白様は『うむ、この娘、鋭いのう』とうなずいている。あ、そういうこと? 俺はてっきり、この娘さんが憑りつかれているんだと思っていた。お白様はお見通しだったみたいだけど。

 俺はごほんと咳ばらいをすると、重々しくうなずいた。


「そうみたいだね。いつから、気づいたの?」

 お白様が耳元で、『おぬしは気づいておらんかったくせに』と突っ込んだのは無視する。

「何日か前です。……でも、その前から、ちょっと変だったかも。いつもイライラして、不安そうで。急にふさぎこんだり」

「なるほど……」

「お母さんの背中に、何か虫のようなものがついてる気がするんです」

 虫か……。それこそ「ふさぎの虫」にでも憑りつかれているってことかな? 

 お白様に確認すると、『そうだな。憑いているのはごくごく小物だ』と同意した。それほど厄介なものに、絡まれているわけではないみたいだ。よかったよかった。


「どうせ、私のせいなんです」

 赤メッシュ娘は力なく言って、うなだれた。

 見た目はパンクだけど、案外気が弱くて大人しいタイプなのだろうか。

「なんでそんな風に思うの?」

「私があんまり学校に行かないから」

「確かに中学生としては、個性的な見た目だと思った」

 赤メッシュやピアスは、校則の厳しい学校なら怒られそうだ。

「あ、これは春休みに、やってみただけです」

 赤メッシュの髪に触れて、彼女はあっさりとそう言った。

「明るい色にしたら、気分もあがりそうだなって思って染めたの。そしたら、お母さんは余計にイライラして」

「ま、まあ、心配してるんだろうね」

 ううむ。難しいような、単純なような、よくわからない親子だ。

 そして俺はどうすればいいんだろうか?

「とりあえず、お祓いをするか……」

 神職としての本分は尽くそう。

 くっついている虫は、お白様がなんとかしてくれるだろう。

 

 俺は母親に声をかけ、社殿に戻ってきてもらった。

 改めて座したふたりの前で、大麻を手に持ち、お祓いを始める。

 まずは塩と、山の神聖な水をまいてこの場の穢れを祓い、厳かに祓詞(はらえことば)を奏上してから、大麻を使ってひとりずつ、穢れを祓っていく。その間に、お白様はするすると俺の肩から降りると、音もなく中年の女性の腕にのぼり、巻きつくように背中に回っていく。その気配に、娘のほうが身を固くしているのが見て取れる。

 お白様の赤い目が妖しく光り、ぱくりと口を開けて、何かを飲み込む仕草をした。それが終わると、白蛇はするすると戻ってきて、本殿の扉の前でとぐろを巻き、鎮座する。


「さて、最後に玉串を納めていただいて、おしまいです」

 先ほど取ってきた榊の枝をふたりに渡し、作法を伝えて玉串拝礼をしてもらう。

 榊の枝を供えられたお白様は、『酒のほうがよかったわい』などと言いつつも、崇められて満足そうだ。


「突然のお願いだったのに、ありがとうございました」

 お祓いの儀が終わって、母親が深々と礼をした。心なしか、顔色が少し明るい。

「いえ、お役に立てたなら幸いです。あまり深く考え過ぎず、気持ちを楽に持ってください。娘さんは大丈夫ですよ」

 少なくとも、悪霊に憑りつかれてはいません、という事実を伝えるのはやめておいた。この女性にとっては、「お祓いをしてもらった」ということの方が、大事なのだろうと思ったからだ。

「ええ、そうですね。私もあれこれと、心配しすぎだったかもしれませんね」

 赤メッシュ娘の方は何も言わなかったが、去り際にぺこりと俺とお白様に向かって会釈し、母親と共に階段を下っていった。


「やれやれ、終わった」

『様になっておったぞ』

 いつの間にか、お白様がまた俺の肩に乗って、偉そうに褒めてくださる。

「お白様、ありがとうございました。お陰で、あの親子もちょっとは楽になったかと」

『だが、あの虫を喰ったのは、一時的な対処にすぎんぞ。どうせまた戻ってくる』

「そういうものですか」

『人の気が、悪いものを呼び寄せる』

「なるほど、病は気からと、言いますしね……」

 

 俺は拝殿の階段に腰かけて、鬱蒼とした森の梢を見上げ、ため息をついた。

 気づけば夜が忍び寄っており、境内にはしんとした闇が降りてきていた。

 枝葉の隙間からは、細い三日月が透かし見えた。

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