第17話 ご神木のカラス

 神社の境内には、正装に身をつつんだ新郎新婦の親族たちが集まって、語り合ったり写真を撮ったりしていた。

 俺はその様子を横目に見ながら、境内の一角にこんもりと緑の茂みを作っているご神木とその周りの小さな森のほうへ向かった。


 カア、カア、カアと短く断続的に、カラスの鳴き声が聞こえる。見上げると、少し離れたの木の上に、カラスの黒い姿が見えた。どうもこの辺りは、彼らの住みかになっているらしい。

 カラスの様子を気にしつつ、ご神木のほうへ歩いていく。

 太い幹にしめ縄を巻かれた楠が、この神社のご神木だ。古い木はそれだけ力を宿しているから、もしかしたら何かわかるかもしれない、と思ったのだ。


 そのとき、背後からバサバサと重い翼の音が聞こえたかと思うと、俺の頭の横を勢いよくなにかが通りすぎ、同時に側頭部に衝撃が走った。

「いてっ」

 ぱっと横に飛びのいて、頭を押さえて振り向くと、カラスが空へ舞い上がるのが見えた。鋭い声で威嚇するように鳴いている。

 カラスは素早く身をひるがえしてこちらへ戻ってくると、上空から再び襲いかかってくる。

「あぶねーな」

 俺が着物の袖を大きく振ると、カラスはくるりと身を交わして、また舞い上がる。

間近でその黒い目と視線が交錯したとき、直感的に強い怒りと不安の念を感じた。


 カラスは警戒したように、近くの木の枝にとまると、隙なく俺を見張っている。

「どうも、力を持ったカラスな気がするな。古くからこの神社に住みついているということか…」

 それなら、俺の言葉も通じるかもしれない。自信はなかったが、俺はカラスに語りかけた。ちょうど、いつも俺が自分の神社に住まう八百万のものたちに、そうしているように。


「俺は、お前らを害する気はない。ただ、何か問題があるのか、知りたいだけだ」

 カラスは小首をかしげるようにして、俺をじっと見た。たぶん、俺の声を聞いている。よく見れば賢そうな目をしている気がするな。

「なぜそんなに、攻撃してくる?」

 カラスは答えない。あるいは、何か言っているのかもしれないが、俺にはわからない。やはり、俺の力の限界だった。


 そのとき、ふとカラスが翼をあげた。

 また攻撃がくるか、と俺は身構えたが、予想に反して、カラスはふわりと地面に降り立つと、大股でご神木の方へ歩いていく。

 途中で一度、カラスは俺を振り返って見た。

「ついてこいって、言われてる?」

 おそるおそる、俺もご神木の方へ歩いていくと、ご神木を囲う低いロープをまたいで、落ち葉の積もった茂みの中へ入っていく。

 すると、頭上から小さな声でアーアーと頼りない鳴き声が聞こえた。

「……もしかして、巣がある?」

 雛を守るために、ピリピリしていたのだろうか。そう思うと、今までの行動にも合点がいった。

 さらにご神木の根本に近づくと、カラスが鋭く警告するように鳴いて、大股で一ヶ所を右往左往しはじめた。

 俺は立ち止まって耳を澄ませた。どうも、地面からも「アーアー」と鳴き声がする気がする。目をこらすと、落ち葉の間に小さな黒い雛鳥がいて、細い翼を必死にパタパタさせている。

「巣から落ちてしまったのか」

 俺がそっと近づくと、とたんに親鳥が駆け寄って俺の足をつつきにくる。

「ちょっと待て、大丈夫だから。助けたいだけだ」

 俺は直接雛にさわらないよう、着物の袖ですくいあげると、たもとに入れた。

巣の位置を確かめると、ご神木の枝の間に、細い枝を組んだ巣が見える。

「ご神木に登るわけにはいかないが、横の木なら登れそうだな」

 俺は袴のすそと着物の袖をからげると木に登りはじめた。親カラスは俺の意図を理解したのか、巣の側の枝にとまって、俺のすることを見守っていた。

「ほら、おうちに戻りな」

 俺は巣の近くの枝にまたがると、たもとからそっと雛を出して、危なっかしいながら、巣に戻した。

 ちなみに、降りるときに足を踏み外して、最後はぶざまに尻餅をついたのは、ご愛敬だ。

「じゃあな。ここに来る人は、お前の子どもに危害を加えないし、これ以上心配するなよ」

 俺はカラスにそう言って聞かせた。

 相変わらず返事はないが、その黒い目は確かに俺の言葉を聞いている気がした。



「カラスが?」

 結婚式が無事に終わったあと、俺は事の顛末をかいつまんで宮司さんに話した。

 俺の話を聞いた宮司さんは、眉を曇らせて「なるほど」とうなずいた。

「なにかご存知なんですか?」

「いえ、実は去年、ご神木の枝の一部が伸びすぎて、傷んでいるところもあったため、大幅に枝を切ったんですが、そのときカラスの巣があるのに気づかず、巣ごと落としてしまったんです」

「そのとき、親カラスは?」

「側で抗議するように鳴いているつがいが、いたように思いますが、ただの鳥と思って放っておいてしまったんです。思えば、気の毒なことをしました」

「それで、今年は攻撃的になっていたのかもですね」

 長らくご神木に巣をかけていたカラスなら、普通よりも賢く、力を持ちはじめていたのかもしれない。だから、様々な手をつかって、人間に警告を発していたのだろう。直接彼らの言葉を聞くことはできなかったから、真偽のほどは定かではないが、彼らに意志と意図があったのは間違いない。


「今まで俺は、お白様のご加護で、色んなやつらと交流できてたんだって、思い知りました」

 白水神社に帰ったあと、水盆で泳いでいるお白様をつかまえて、俺はカラス事件を報告した。

 水の中から首だけ出した白蛇は「今さら気づいたか」と偉そうだ。

「それがわかったら、修行を怠らないことだな。もっと感覚を研ぎ澄ませよ」

「……ええ、精進します」

 もう少し自分の力を伸ばしたいと、初めて思ったできごとだった。


 ちなみに後日、宮司さんから電話で、社務所の前にきらきらと光る石がいくつか置かれていたと聞いた。もしかしたら、カラスがお礼のつもりで集めてきたのだろうか。想像すると、俺は微笑ましくなった。

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