第16話 神社の不吉なできごと

 何かに見られている気がする。

 素早く視線を四方にめぐらすと、窓の外を黒い影がよぎった気がした。

「なんだろう……」

「どうかしましたか?」

 宮司さんも俺の様子に気づいて、眉をひそめて尋ねる。


 そのとき、バタバタと誰かが走ってくる足音がして、若い神主が焦ったように現れた。

「宮司さん。またです!」

「なにっ! 今度は何が!?」

「急に木の枝が落ちてきて、安産祈願に来たご夫婦に当たりそうになったんです。ご夫婦は不吉だと、かなり不安がられています」

「お客様に怪我は?」

「大丈夫です。落ちてきた枝は、細いものばかりだったので」

「だが、神社でそんなことがあったなど、噂にでもなったら困るな…」

 宮司さんは若い神主にいくつか質問した後、「ちょっと失礼」と言って慌ただしく社務所を出ていった。


「俺も気になるし、見に行ってくる。結衣ちゃんは……」

「私もいく!」

 俺はここで待っているよう言おうとしたが、結衣ちゃんは付いていくと言って聞かない。まあ、危険なことはなかろうと、一緒に行くことにした。


 社務所からさほど離れていない場所で、夫婦らしい男女と宮司さんが話している。女性の方はお腹がまるく出ているのが服の上からもわかって、安産祈願にきたご夫婦らしいと知れる。


「急に空から枝が落ちてきて…」

 男の人が、手振りつきで説明している。女性のほうは、腹部に手を添えて、不安そうな面持ちだ。地面には確かに、バラバラと細い枝が何本か落ちている。


「木の枝が、風で折れたんですかね」

 宮司さんが困ったように眉を寄せて、地面の枝を見聞している。

「近くには木がないのに?」

 男性が不審そうに指摘する。

 確かに、ここは拝殿近くの開けた場所で、大きな木があるのはご神木がある境内の一角だけだ。強い風が吹いたとしても枝がここまで飛んでくるとは考えにくい。

 それに、今日は穏やかなよい天気で、風らしい風も吹いていない。


 俺は感覚を研ぎ澄ませて、辺りを見回した。悪意を持った「人ならざるもの」がいるのかもしれない。さっきから感じる視線も、もしかしたらそれだろうか? しかし、やはり何も見えない。白水神社の外では何の力もない自分が、歯がゆかった。


「ねえ。結衣ちゃんは何か感じる?」

 俺はヒソヒソと、結衣ちゃんにたずねた。ひょっとしたら、彼女なら俺にわからないものを、感じているかもしれないと思ったのだ。だが、彼女もふるふると首を振った。

 ああ、こんなときにお白様がいれば。お伺いを立てることができるのに。だがもちろん、よその神社にお白様が来ることはない。


 そのとき、再び視線を感じた。

 急いでその方向へ目を向けると、拝殿の屋根にとまった二羽のカラスと目が合う。ごくごく普通のカラスに見えるが、奇妙にじっとこちらを見ているように思えてならなかった。

「あいつらか……?」

 俺がじっとカラスを見ていると、二羽は翼をあげて、どこかへ飛び去っていった。


 その後もしばらく現場を検証していたが、結局原因はわからず、特に怪我もなかったことから、宮司さんがご夫婦に謝って、二人も「大丈夫ですよ」と言ってくれた。


 気を取り直して、俺は仕事を手伝うために、持参した袴に着替え、結衣ちゃんは巫女さんに着付けを教えてもらいに、斎館へ連れられていった。

 宮司さんはご夫婦の御祈祷をし、俺と若い神主さんは結婚式の準備を担当する。


「さっきみたいなこと、よくあるんですか?」

 若い神主さんと一緒に、結婚式に使う道具をチェックしたり、儀式に使う部屋を整えたり、作業をしながら俺が訊ねると、神主さんは顔を曇らせた。

「以前はこんなことなかったですけど、ここ数日、奇妙なことが立て続けに起こってるんです。変な場所に石が積まれていたり、目を離したすきに、お供えを荒らされたり。でも、原因がわからなくて、宮司さんも困っておられて」

「誰かのいたずらですかね?」

「それも考えたんですけど、怪しい人を目撃した人もいなくて……」

「そうですか……」


 そこへ、この神社の巫女さんが部屋に入ってきた。ちなみに、宮司さんの娘さんである。

「御神酒をお持ちしました」

「そこへ置いてください」

 この神社の巫女さんの後ろにくっついて、もうひとり、小柄な巫女が御神酒を手に入ってくる。

 白い小袖に緋袴をまとった、結衣ちゃんだ。黒髪は後ろでひとつに結っている。

「おお、結衣ちゃん、似合ってるじゃないか」

「えへへ」

 巫女装束を着た結衣ちゃんは、照れながらも誇らしそうにして、先輩巫女さんにあれこれと教えてもらっている。

「結婚式も見学していいって、言ってもらっちゃった」

 神社の結婚式を見るのなんて初めて、と結衣ちゃんは頬を染めて目をきらきらさせている。うん、とりあえず楽しんでくれているようで、ここに連れてきた甲斐があったってもんだ。


「白無垢の花嫁さんも、もう来てたよ。外で写真を撮ってた」

「準備もできましたし、宮司さんに声をかけてきますか」

 若い神主さんが、最後にもう一度式場をチェックしてから、社務所へ宮司さんを呼びにいく。

「俺は、ちょっと境内を見回ってくる。式の最中に何かあったらことだし。結衣ちゃんは、巫女さんと一緒にいててくれ」

 

 俺はやはり、さっきの出来事が気にかかっていた。

 それに、あのカラスたち。

 何かがある気がしてならなかった。

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