第15話 隣町の神社の宮司

 深刻な人材不足が叫ばれるこの世の中。

 神社について言えば、高齢化や後継者不足は以前から問題になっていたと思う。

 

 そんなときに大事なのは、「助け合い」だ――。


 ***


「神主さんって、車運転するんですね」

 

 お天気がよい土曜日の午前中。

 俺は軽自動車のハンドルを握って、田舎道を走っていた。ちなみに、東京にいるときは完全にペーパードライバーだったが、地元にUターンしてから、車に乗る機会がぐっと増えた。というか、車がないと生きていけない。田舎あるあるだ。

 車を置いていってくれた親には感謝している。まあ、沖縄に車を持っていくなんて、大変そうだしな。


「なんかさ、みんな神主への誤解がありすぎないか」

 頭は剃らないのか?

 肉を食べちゃだめなのでは?

 一生独身なんだよね?

 いや、それ全部、仏教のお坊さんだから。そして現代のお坊さんは、そんなに戒律厳しくないことも多いし。頭は剃ってるけど。

「だって、神様や仏様に仕えてる人って、普通のことをしちゃダメなイメージなんだもの」

「気持ちはわかるけどね……」

 運転しながら、俺は苦笑した。


 助手席に座っているのは、先日うっかり雇うことになった巫女志望の少女。名前を水谷結衣(みずたにゆい)という。高校一年生。出会ったときは、ピアスに赤メッシュと、なかなかパンクな風貌をしていたが、それは高校入学前のちょっとした遊びだったとかで、今はすっかり普通の女子高生ないでたちだ。

 小柄で目が大きくて丸顔だから、年齢よりは少々幼く見える。

 

 雇ったといっても、うちみたいな零細神社に仕事はほとんどないから、学校が休みの日のご奉仕(掃除)を手伝ってもらうのと、あとは袴の着付けや神楽を覚えてもらおう、ということになった。地域のお祭りのときには、ぜひ色々と手伝ってもらうつもりである。


 しかし、そこで問題が発生する。

 まず、俺は男だ。女の子の着付けを手伝うのは、さすがにはばかられる。

 そして、神楽もできない。つまり、何も教えられない。


「困ったな……」


 ということで、俺はとある人を頼ることにした。

 

 しばらく運転するうちに、田んぼと畑ばかりだった風景に、少しずつ住宅やお店が増えてきて、やがてちょっとした「街」のエリアに入った。そこは、この地域では栄えている大きめの町で、駅前なんかは、ホテルやレストラン、飲み屋もあって、賑わっている。

 駅からさほど遠くないところに、緑がこんもりと茂った一角が見えてきた。

 さらに近づくと、立派な赤い鳥居が家並みの間から現れる。俺はそちらへ向かって車を走らせた。


「ここの神社の宮司さんには、すごくお世話になっていてね」

 俺は神社の駐車場に車を停めながら、そう説明した。

 親父が入院していたときにも、代わりに神社の世話をしてくれた親切な方だ。俺が小さいころはまだ見習いの身分だったのが、今では立派な宮司になられている。


「熊野神社、一回来たことあります。縁結びで有名ですよね」

「うちとは違ってね」

「おみくじしていこうかな」

 結衣ちゃんは巫女志望だけあって、神社巡りが好きらしく、目をきらきらさせている。神社好きJK。渋いな。年配の人にモテそうだ。


 後部座席から平べったい四角の着物バッグを取って肩にかけ、俺は結衣ちゃんを先導して歩き出した。一の鳥居の前で軽く一礼し、広い参道の真ん中は避けて、境内に足を踏み入れる。

 

 とたんに、ぴりっとした視線をほおに感じた。

 周囲に目を走らせるが、何も見えない。


「さすが神社。やっぱり何かは、いるよな……」

 白水神社の外に出ると、俺のアンテナは鈍ってしまってクリアにはわからないが、なんとなく存在は感じられる。

 しかしそれにしても、気配が鋭いのが気になった。

 いつもはもう少し、ふわっとやわらかい空気に包まれているというのに……。


「結衣ちゃんは、何か感じる?」

「見られているような気はします」

 結衣ちゃんも少し緊張した面持ちで、俺の後ろに隠れるようについてくる。


 ここ熊野神社は地元ではちょっとばかり有名なパワースポットで、週末だからか、今もちらほらと参拝客がいて、そこそこ賑わっていた。

 境内は広くて明るく、地面にはきれいな砂利が敷かれ、さんさんと春の陽光が降り注いでいた。鬱蒼とした森に囲まれて、いつでも薄暗いうちの神社とは大違いだ。

 作法にのっとって手水舎で手水をとってから、拝殿のはす向かいに建つ社務所に声をかけると、出仕の若い神主さんが中に案内してくれた。


「おお、山宮さん。よく来てくれたね」

 この社務所には小さいながらちゃんと宮司室まであって、まあ、会社で言えば「社長室」みたいなものだが、デスクに向かっていた五十過ぎくらいの男性が、立ち上がって出迎えてくれた。枯れ木みたいに痩せて長身の、眼鏡の男性だ。紫色の袴をはいている。


「いえ、こちらこそ、不躾なお願いをして恐縮です」

「いやいや、今日は日取りがいいもので、結婚式が二件と御祈祷が何件か入っていてね。ところが、禰宜(ねぎ)が風邪を引いて昨日から休みとくる。渡りに舟とはこのことだ」

「未熟者ですが、精一杯、お手伝いさせていただきます」

 つまりは、俺が臨時で仕事の補助をする代わりに、ここの巫女さんから、袴の着付けや神楽のことを結衣ちゃんに教えてもらうという話になったのである。

 お互いに人手が十分とは言えない状況、持ちつ持たれつだ。


「ネギって?」

 結衣ちゃんが、こそこそと後ろからたずねてくる。

「この神社で、宮司さんの次に偉い人だよ」

 俺もこそこそと、説明する。


「その子が、電話で言っていた巫女見習いですかね?」

 宮司さんがやさしげな笑みを浮かべて、人見知りを発動している結衣ちゃんに目を向ける。

「ええ。ご縁がありまして、しばらくうちに来てくれることになったんです」

「ふうむ」

 宮司さんは眼鏡を指で押し上げて、結衣ちゃんの顔をまじまじと眺めた。

 

 そのとき、俺は再びほおの辺りにぴりっとした視線を感じた。

 ――やっぱり、何かいる。


 

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