第14話 巫女志望の少女

『アルバイトで働きたいです』


 突然送られてきたダイレクトメッセージ。

 そのアカウントの投稿を確認するも、食べ物や風景の写真ばかりで、何者か不明だった。風景の写真の中には、ちらほらと見覚えのあるこの町の景色があったから、町内に住んでいるらしいことはわかる。


「地元の人みたいだし、一度話だけでも聞いてみるか……」

 俺はとりあえず返信をした。

 すぐにメッセージが返ってきて、しばらくやり取りした結果、今日の夕方、さっそく面接に来てくれるというので、神社で会うことになった。


 昼間は家でITエンジニアとしての仕事をして、夕方約束の時間になると、いつもの浅葱色の袴をはいて、神社へ向かう。

 長い階段の最後の数段に足をかけたとき、色あせた鳥居の向こうに、ひとりの少女がこちらに背を向けて立っているのに気がついた。学校の制服らしい紺色のブレザーに、丈を短くした紺と緑のチェックのスカート。肩を越すくらいの黒髪は、無造作に背中に流れている。


「あの子かな……?」

 連絡をくれた子だろうかと声をかけようとして、俺はぴたりと足を止めた。

 少女が立っているのは拝殿の賽銭箱の前。

 そして賽銭箱の上には、とぐろを巻いた白蛇が赤い目を光らせていた。


「……お白様」


 状況がわからなくて、俺は息をひそめて鳥居の前で立ち尽くす。

 見守っていると、少女が一歩前に踏み出した。そして、片手をお白様のほうに差し出す。お白様は身動きしない。

 何が起こるのかと、俺はごくりと唾を飲み込む。


 ちゃりん、と音がして、お賽銭が賽銭箱に入ったのだとわかった。少女は拝殿の鈴をからんからんと鳴らすと、両手を合わせて礼をした。俺はずっこけそうになる。なんだよ、ただ参拝しているだけか。お白様もまぎらわしい。


 お参りが終わると、少女は一歩後ろにさがって、くるりとこちらを振り向いた。

「あ、神主さん」

 少女は俺に気がついて、はにかむような笑みを見せた。

 それは、この間母親に連れられてお祓いに来ていた少女だった。


「びっくりしたよ。急にメッセージが来たから、誰かと思ったら、君だったのか」

 俺と少女はしだれ桜の下に座って話すことにした。お白様がちゃっかりついてきて、いつもの定位置の、俺の肩の上に乗っている。

『ここでお勤めしたいとな? 私も一緒に見てやろう』

「お白様、余計なことはしないでくださいよ」

 こそこそと、お白様にくぎを刺しておく。

 

 少女はぺこりと頭を下げた。

「突然すみません」

「赤メッシュはもうやめたんだ?」

「学校が始まったので」

 しだれ桜が木の陰から、興味津々な様子でこちらをのぞき見ている。お白様に遠慮しているのか、側には近づいてこない。


「ここ、不思議な神社ですよね」

 少女が周囲を見回しながらそう言った。

「さっきもお参りするときに、誰かに見られている気がしたの」

 お白様が見えていたわけではないが、その気配には気づいていたということか。

「……ほんと、君は鋭いよね。小さいころからそうなの?」

 俺がそう指摘すると、少女は顔を曇らせて、こくんとうなずいた。

「だから、お母さんがイライラするの」

 人には見えないものが見えたり、感じたりすることの辛さや疎外感は、俺もよく知っている。少女の気持ちを想像して、俺は昔の自分を思い出した。

「そうだな、俺も子どものころ、友だちに気味悪がられたことがある」

 俺が小さいときの経験を話して聞かせると、少女が意外そうな、ほっとしたような面持ちを見せた。

「神主さんでもそうだったのね」

 きっと、今まで誰にも相談できなかったのだろう。少女は身を乗り出すようにして、きらきらとした眼差しを俺に向けてくる。

「神主さんは、はっきり『見えて』いるんですか?」

「そうだね。この神社のものたちだけだが……」

「私、見えないんですよ。ただ、いることがわかるだけで」

 そう言いながら、少女は俺の肩の辺りに視線をやる。

 なるほど、感じ方や見え方は人によっても違うんだな。そういえば、俺や父親は神社の境内限定でしか見えなかったが、妹は人一倍霊感が強くて、神社の外でもあれこれ見えていたようだった。


「もし悩むことがあったら、俺でよかったら話を聞くよ」

「ありがとうございます」

『私も話くらい聞くぞ』

 今まで黙ってやりとりを見ていたお白様が、舌をちろちろ出し入れして、そう言い添える。

 少女が驚いたように辺りを見回した。

「なにか、声がした気が……」

 その反応に、俺は内心でかなり驚いた。

 これは、もう少し慣れれば、もっと見えるようになるかもしれないな……。


「で、本題だけど。ここでアルバイトしたいんだって?」

 俺がそう切り出すと、少女は居住まいを正して俺に向きなおった。

「あの。私、巫女になりたいんです」

「へ?」

「アルバイトでもいいから、雇ってもらえませんか?」

「ええっと……」

 俺は指をあごに添えて考えた。

 確かにこの子なら、巫女に向いているかもしれない。今でも感じる力が強いから、神域であるこの神社で長く過ごしたら、本当に見えるようになる可能性もある。

 感じるだけで見えないよりは、見えてしまったほうが、楽かもしれないな。


 それに、と俺は頭の中で策略を巡らせた。

 この子に神楽を習得してもらえたら、お祭りや祈祷のときに助かる。正月の初詣のときも、御札や御守を売ってもらおう。SNSにも巫女の写真をあげたら、かなり映えるぞ。うん。

 いやいや、中学生を働かせるのはヤバいか。家業でもないのに。

 俺はあわてて自分の考えを打ち消す。流されてはいかん。


「中学生をアルバイトで雇うのはちょっとね……」

 俺は理性をフル動員して、そう断った。

 少女は目をぱちくりとさせた後、むっとしたように口をとがらせた。

「私、この春から高校生です」

「あ、そうですか……」


 断る理由を失った俺は、結局少女を見習い巫女として、雇うことになってしまったのだった。


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