第37話 もうひとつのつる植物

「これでよしっと」

 俺は藤棚の下に小さなベンチを設置して、手をぽんぽんと払った。

「なんだか、いい感じの休憩場所になったぞ」

 腰に手を当てて新設の藤棚を眺め、俺は我ながら、自分たちの仕事に満足していた。やればできるもんだな。

 金さえあれば、人を雇って作ってもらって終わりだが、うちは収入の少ない零細神社だから、設備投資が難しいのだ。

 だけど、ムラ爺のアドバイスと、手伝ってくれた高校生たちのお陰で、無事に完成した。持つべきものは、知恵と仲間である。うん。

 

 俺は試しにベンチに腰かけて、まだ隙間の多い藤棚を見上げた。

 支柱の上に渡した竹の格子の上には、藤娘が日向ぼっこをしていた。俺と目が合うと、親指を立ててグーサインを送ってくる。

『気に入ったわ』

 藤はにこにこと上機嫌だ。

 藤棚から垂れさがった紫色の花の房が、風に揺れてなんとも風情がある。今はまだつるが十分に伸びていないが、この藤自体は森の中にしっかりと根を張っているから、ひと夏でよく茂ってくれることであろう。

 春の間は、しだれ桜の下を定番の休憩場所にしていたが、夏になると直射日光があたって暑いだろうなと、少々心配していたところだった。

 藤がいい感じに伸びてくれたら、自然の木陰ができるだろう。


「それにしても、うちの神社があんまり発展しない理由が、わかってしまった」

 俺は思わず、ため息をついた。

 何しろ、車であがれる道がないから、大がかりな工事ができないのだ。山の麓からさほど離れているわけではないものの、森はこの地域の保全林にもなっていて、大きな木も多いから、今さら道路を通すわけにもいかないだろうしな……。

 アクセスが徒歩のみだと、藤棚を作るだけでも大変だった。

 ブロックやセメントを持って階段をあがるのは、なかなかの重労働。

 ちなみに、作業が終わった翌日の今、俺は腕や背中がすっかり筋肉痛になっていた。

 今度末社を建設してもらうときは、どうするんだろうか。作業員さんが、担いであげるのだろうか……。考えるだけでも疲れそうだった。


『私はこの静かなお社が、気に入っているぞ』

 いつの間にか藤棚の上にのぼった白蛇が、長々と身体を伸ばして日光浴をしながらそう言った。

『にぎやかな方がいい!』

 てくてくとやってきたお犬様は、ベンチの上に飛び乗って俺の隣にお座りになり、そう言った。

『人がぞろぞろやってきたら、面倒ではないか』

 お白様が反論する。

『たくさん崇められた方が、力が出るもん』

 お犬様の言。

 最近、参拝客にかわいがられて、神社のアイドルになっているお犬様は、なんだかしゃべり方までかわいくなっているのは、気のせいか。

 八百万の神々は、人からどう見られるかで、在り方を変えていくのかもしれないな……。

 偉い神様二柱の身も蓋もない会話を聞きながら、遠い目をする俺。 


 相変わらず、参拝者で賑わっているとはいいがたいが、それでも、以前に比べると訪れる人が増えている実感はあった。毎日境内をお清めし、少しずつだが設備を整え、SNSでもマメに発信し、地元の人と交流もしてと、地道な活動のおかげだろう。

 今も、年配の女性ふたりが、山登りの格好で鳥居をくぐったところだった。

 俺はすっとベンチから立ち上がると、社殿の掃除を始める。

 横目で見ていると、お参りを終えた女性ふたりは、藤棚の下のベンチに腰かけて、休憩している。

 よしよし。やっぱり、休憩場所は必要だったんだな。

 お犬様はまるで普通の子犬のフリをして、女性ふたりに近寄って、灰色の毛並みをモフモフされていた。その可愛い姿があざといが、たぶんああして、山のご加護を人々に与えているのだろう。

 たぶん。


 境内での朝のお勤めを終えて、麓までくだってきたとき、俺は一の鳥居の横の大杉と、その背中にぴったりとくっつくようにしている、赤毛の子どもに気がつく。

 最近よく見かけるのだが、改めてその引っ付き虫な子どもと、迷惑そうな杉の様子を見て、既視感を覚えた。

 ……藤のつるに絡まれた椿の様子に、そっくりだ。

 とすると、この子どもも、何かのつるなのだろうか。

 俺は大杉を見上げるが、杉の背が高すぎるのもあってか、よくわからない。少なくとも、幹に絡まるツタは見当たらないんだがな……。

 俺はもう一度赤毛のひょろっとした子どもに目を向けると、その前にしゃがんで目を合わせた。

「なあ、お前誰なんだ?」

 子どもは目を泳がせて、もじもじしている。俺の声は聞こえているみたいだが、どうも言葉が通じていないようだった。

『こいつは、異国の者だ』

 杉が不機嫌そうな声で、ぼそりと言った。

「異国の者?」

 その言葉を聞いたとき、どこかの記憶とつながる気がした。ぼさっとした赤っぽい髪の毛を、俺はどこかで見たことがある。

 記憶を手繰り寄せていったとき、ふいに俺はぴんときた。

「……もしかして」

 

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