第7話 兼業SEのお仕事
「これでよしっと」
神社で朝のご奉仕(掃除)が終わると、俺は家に帰ってガタガタと家具の配置換えをしていた。越してきてはや一週間近くが経とうとしているが、まだ他人の家にいるような感覚だ。一応、子ども時代を過ごした家ではあるが、離れて十年も経つと、色々変わっている。
最低限の家具や食器は親が置いていったものが使えたが、自分の部屋と仕事部屋を整えたいと思っていた俺は、東京のアパートから持ってきたデスクを、二階の南向きの一番明るい部屋に置いて、仕事用のパソコンを据え付けた。
「神社だけでは、食っていけないからな……」
今のところ、うちの神社には社務所もなければ、お守りや御朱印の授与所もない。親父は郵便局の仕事とかけもちだったから、昼間は無人だったし、神社の収入と言えば、雀の涙のお賽銭と、たまのお祓いやお祭り、それに氏子さんや地元企業からの寄進くらいだ。
俺は、昼の定職を持っているわけではないから、システムエンジニアの仕事と、あとは農業でもやろうかと思っていた。ばあさんが耕していた小さな畑が、家の裏にまだ残されていたはずだ。それで本当に食べていけるのかは心もとないが……まあ、なんとかなるだろう。ちょっとは貯金もあるし。
俺は座り具合を確かめようと、デスクの前に座った。
窓からは畑と田んぼと昔ながらの日本家屋が点在する、田舎の風景が見渡せた。無機質なビル群を眺めながら仕事をしていたころとは、百八十度違う景色だ。
「ああ、緑があるのは目が癒されるな……」
今の時代、田舎でもインターネットは十分早いし、リモートワークなんかも一般的になってきたから、パソコンひとつでできる仕事なら、田舎に住むっていうのはほんとアリだな。都会から郊外への移住者が増えるのもわかる。
そのとき、携帯電話がぶるっと鳴って、着信を知らせた。
「もしもし」
「おう、山宮。元気か?」
この間まで一緒に働いていた同僚からの電話だった。声がちょっとかすれ気味で、電話越しにも疲れがにじみ出ており、おそらく徹夜明けなのだろう。週末なのにご苦労なことだ。それで、何の用かピンとくる。
「で、なんか急ぎの依頼?」
「さすが山宮! 助けてくれ、ヤバいんだ」
電話の向こうで両手を合わせて懇願しているのが、目に浮かぶ。俺は苦笑した。相変わらず納期に追われているらしい。ちょっと前までは、俺もその渦中にいたことを思うと、なんだか隔世の思いだ。仕事辞めてよかった。
依頼内容の詳細をメールで送ってもらうことで話はついて、俺は電話を切り、ふうっとため息をついた。
「相変わらず大変そうだな。ほんとブラックだよな、あそこ」
窓の外に広がるのどかな風景とは、まったく縁のない世界。
ふいに俺は今、自分が夢の中にいるのでは、と不安になった。目が覚めると、やっぱり東京の狭いワンルームにいて、仕事に追われる日常が始まるのかもしれない……。
そんなのは嫌だ。
俺は神主としての今の生活が、少しずつ気に入り始めていた。
「あ、早速きてる……」
パソコンのメールボックスを見ると、同僚からメールが入っていた。
依頼内容を確認し、今からとりかかった方がよさそうだなと判断する。俺は手早くコーヒーを淹れると、集中してパソコンに向かい合った。
それから数時間後。俺は依頼された仕事のうち、急ぎの部分を終えて、メールの送信ボタンをぽちっと押した。
その直後に同僚から電話がかかってきて、「ほんとに助かった、サンキュ! マジで、ありがとう!」とむちゃくちゃ早口で礼を言われ、電話はすぐにぶつっと切れた。その焦りっぷりと、感謝しっぷりに、俺は笑ってしまった。
「やれやれ、終わった」
結局、夕方までかかってしまった。
夕方のお勤めに行こうと、袴を着て身支度していたところで、「ピンポーン」と家のチャイムが鳴った。
「あれ、宅配かな?」
荷物を頼んだ覚えはないけどな、と首を傾げつつ玄関の扉を開けると、くたびれたような中年の女性が立っていた。その人は、俺の姿を見てほっとしたような表情を浮かべる。
「新しい神主さんが来られたと、噂に聞いていたけれど、本当だったのね」
「あ、ご挨拶遅れてすみません。先代の息子の山宮翔太です。よろしくお願いいたします」
たぶん、氏子さんだろうと見当をつけて、俺は丁寧に挨拶をした。
「あの、神主さん、今からお祓いをお願いできますでしょうか」
女性は切羽詰まった表情で、俺にすがりつくように懇願した。どうもただ事ではない雰囲気だ。
「一体どうしたんですか?」
「数日前から、うちの娘が変なんです」
「変とは?」
「おかしなものに憑りつかれているとしか、思えないんです」
「はあ、なるほど」
憑りつかれているか……。今の科学が発展した時代でも、そんな風な依頼が来ることが、あるんだな。俺は内心戸惑いつつも、「わかりました」とうなずいた。
「娘さんを神社までお連れいただくことは、できますか?」
「はい、縄をつけてでも、連れていきます」
その穏やかじゃない言い方に、俺は苦笑する。
「それでは、私は神社で準備をして、お待ちしていますので」
俺がそう伝えると、女性はほっとしたようにうなずき、「三十分ほどで伺います」と言い置いて、急ぎ足で帰っていった。
「さて、どうしようかな」
俺はあごに手をあてて、しばらく思案した。お祓いの儀は、親父がやっているのを見たことがあるし、教科書的な内容は頭に入っているが……。
「まあ、なんとかなるか」
とにかく儀式用の白い袴・白い着物の狩衣姿に着替えると、肩掛けかばんに小道具を入れ、俺は神社へ向かった。
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