第6話 春の桜娘の憂鬱
桜の季節になると、神社の参拝客が増える。
寒さが和らいで出かけやすい気候になってくるし、神社には桜が植わっているところも多いからだろう。
神主になって初めての週末。ソメイヨシノがちょうど満開で、うちの神社の参道やお社の周りも薄いピンク色で彩られていた。
「あああ。桜はきれいだけど、花びらの掃除が大変なんだよな……」
こっそりとぼやきながら、境内を箒で掃き清める俺。
神主の仕事って、お祈祷や祭事よりも、掃除の方がメインなんじゃないかってくらい、俺は掃除しかしていない。しばらく神主不在で放置されていたから、お社にも埃がたまっていて、掃いたり拭いたり忙しい。
御祭神に機嫌よく過ごしてもらい、参拝者が気持ちよくお参りできるためにも、境内を清めておくのが大事なのだ。
「おはようございまーす」
元気のよい挨拶に振り返ると、見覚えのある少年が、同い年くらいの女の子と一緒に鳥居をくぐったところだった。
俺はすぐにぴんときて、こっそり「グッジョブ!」と親指を立ててサインを送ると、少年もにかっと笑って親指を立て返す。先日は階段ダッシュをしながら、好きな人に告白するかどうか悩んでいたが、どうやらその後うまくいったらしい。
よくやった少年。行動が早い。その勇気を褒めたたえよう。
若いふたりはお参りを済ませると、敷地の桜を見て回り、写真をとったりしている。まだ午前中早い時間だが、他にもちらほらと参拝客が訪れていた。年配の人の中には、俺に声をかけてくれる人もいる。もしかしたら氏子さんなのかも……。きちんと挨拶回りにいかねばならんな。
本殿の裏にまわると、そこにはしだれ桜が一本植わっている。ソメイヨシノよりも花が遅いから、枝の蕾はまだ閉じており、参拝客もここまではあまりやってこない。
桜の根元には、ひとりの少女が地面にしゃがみ込んで、いじけたように木の枝で地面に絵を描いていた。ピンク色の髪をぎゅっと固くお団子にして、地味な灰色の着物を身につけている。
人ならざるものだな、とすぐに気がつく。
『なんでみんな、わたしを見てくれないの』
ぶつぶつと恨み言をこぼしているのが、少し離れた俺のところまで聞こえる。がりがりと地面に描いているのは、まるで呪いの文様のようだ。
「ちょっとちょっと、負のエネルギーを垂れ流すの、やめてくれる?」
霊感のある参拝客に、変な影響があったらどうしてくれる。
『みんな、あっちの養殖桜ばっかり見て、ここに昔からいるわたしのことは、見向きもしないのよ。理不尽だわ』
そのセリフで、こいつがしだれ桜だとわかる。
「ソメイヨシノのほうが、花が早いからな……」
しかし養殖桜って……そうか、ソメイヨシノは後から植えたもので、元々この山にはなかったから、そんな言い草なのか。その点、このしだれ桜は確か「ヤマザクラ」の系統で、古くからここに生えていたのだろう。
「あっちの花が散り終わった後に咲くんだから、むしろ目立っていいじゃないか」
俺がそう声をかけると、少女が顔をあげた。大きな黒い目に白い肌、桜色の頬。人じゃないとわかっているのに、その桜の花のような可憐さに俺はドキリとする。
『その頃には、誰もこんな寂れた神社には来ないわよ』
ひとり咲いて、ひとり散っていくのだわ、と目に涙を浮かべている。
「いや、それは否定できないのが辛い……」
こんな美少女(人ではないが)に泣かれると気が気ではなく、俺は誰かに見られやしないかと、思わず周囲を確認した。見られていたら、女の子を泣かせる悪徳神主か、桜の木にぶつぶつ話しかける頭のおかしな人ということで、別な意味で参拝者が減るかもしれない……。それは困る。
かといって、このメンヘラ気味なしだれ桜を放置すると、背後から呪われそうで、俺は立ち去ることもできなかった。
「よし、じゃあこうしよう」
俺はひとつ思いついて、人差し指を立てた。
「お前が咲いたら、俺が写真をSNSにアップしてやるよ。そしたら、見に来る人もいるだろう」
『えすえぬえす?』
「えーっと、色んな人に写真を見せたりする場所だよ」
『しゃしん?』
ダメだ、やっぱり植物に文明の利器の話は通じないらしい。
「まあ簡単に言うと、俺が人を呼んでくるよって話だ」
『ほんとに?』
キラキラとした期待の目で見つめられて、俺はうっと目をそらした。無名の神社の投稿を、誰が見てくれるだろうか……。
「ま、まあ、あまり期待はしないでくれ。努力はするが」
『あのね、わたし、久しぶりに宴会をしたいのよ。昔は、花でいっぱいのわたしの下で、みんながお酒を飲んだりしていたものよ』
「なるほど、花見か……いいな。俺も長らくしていない」
俺の言葉に、しだれ桜はにっこりと笑って、『約束よ?』とかわいらしく首を傾げた。
「お、おう……」
うっかりとうなずく俺。
なりゆきで、SNSの神社アカウントを立ち上げることと、花見を企画することが決定してしまった。
まあ、よく考えれば悪くない思いつきだ。近所の若者が写真を目にして遊びに来てくれたら、この寂れた神社も少しはにぎわうことだろう。
システムエンジニアの技術をいかして、凝ったページでも作ってやろうか……。
そんなことを考えていたら、俺は少し、ワクワクしてきた。
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