第42話 Uターン組

 いつの間にかそこに立っていたのは、見覚えのある男。引き締まったからだつきに、頭には黒いタオルを巻いている。

 しばらく考えて、俺はそれが誰だったか思い出した。

「あ。空師さん?」

「先日はども」

 男はひょうひょうとした様子で、会釈した。

 先月、大杉にとりついた絞め殺しイチジクを、無事にはずしてくれた、木登りのプロだ。造園屋さん所属。

 彼がお参りにきてくれるとは、思わなかった。


「この間から、気になってたんすよねー。なにやら出る神社っていうから」

 お参りしていいすか? と聞かれて、俺は拝殿前を譲った。

 空師の兄ちゃんは、拝殿の前に立つと頭の黒いタオルをはずして、軽く一礼した。タオルの下の髪は金髪で少々いかついが、仕草はギャップのある丁寧な感じ。そのことに、俺は好印象を抱いた。

 

 空師さんは賽銭箱にお金を入れようとして、動きを止める。賽銭箱の上には、今もお白様がとぐろを巻いて鎮座していた。

 両者が、見合ったようだった。お白様の赤い目がきらりと光る。空師さんは軽く目を見開いたが、無言だ。俺は、ハラハラとその様子を見守る。

 そうだ、この男、どうやら「見える」タイプらしいんだった。前に仕事を依頼したときも、大杉や赤髪の子どもの気配を察していたっけ。


 男はしばらく黙って、小銭を握ったまま賽銭箱を見つめていたが、やがてほうっと息をついて、何事もなかったかのように、お金を賽銭箱に入れた。

 ちゃりん、と金属の打つ音が静かに響いた。

 男は鐘をからんからん、と鳴らし、慣れた作法で参拝する。


 やがて、くるりと後ろを向いて俺を見て、彼は言った。

「白い蛇がいるすね」

 予測していたけれど、俺はその言葉にどきりとする。

 しばらく返答に迷ったあと、静かにうなずいた。

「さすが。見えるんですね」

「うっすらとすけどね」

 それでも、なんのヒントもなくお白様の姿を見る人に出会ったのは、家族以外では初めてだった。霊感のある巫女見習いの結衣ちゃんでさえ、普段は気配を感じるだけで、姿は見えていない。

「この神社、すごいすね。力が満ちている」

 木漏れ日を反射してきらきらしている境内を見回して、空師の兄ちゃんは感心したように言った。

「雨上がりだからかもしれません。ここに祀られているのは、水の神ですので」

「なるほど。そこんとこ、詳しく聞きたいすね」

 空師の兄ちゃんは、黒いタオルを頭に巻きなおしながら、にっと笑ってそう言った。


「いらっしゃいませ」

 俺と空師の兄ちゃんは、なぜか連れだって、神社から駅の方へ向かう間にある小さいカフェにやってきた。「昼飯いきましょうよ」と彼に誘われたのだ。

 うちの地元で最近オープンした、古民家を改装した自然派おしゃれカフェ。東京から移住してきた人がオープンしたこだわりの店で、ときどきお話会のようなイベントもやっているらしい。というのは、空師の兄ちゃんに教えられて知った。

 けっして、野郎ふたりでやって来るような店ではないと思うが、空師の兄ちゃんはよく来るらしくて、当たり前のように、庭が見える窓際の席に腰をおろした。

「あれ、翔太くん?」

 そして、注文をとりにきたのは、眼鏡ショートボブの女性。見覚えがあるなと思ったら、なんと総代さんの娘で幼馴染みの希だった。

「あれ、希なんでここにいるの?」

「しばらくこっちにいることにしたから、アルバイト始めたのよ」

「へー」

「リュウさんと知り合いなのね。びっくりした」

 空師の兄ちゃんは「リュウさん」というのか。そういえば、初めて名前を知ったぞ。

「たまたま、神社の仕事をお願いしたんだ」

「へ~」

 希はあれこれ聞きたそうな顔をしていたが、仕事中ということで、一度奥に引っ込んだ。

「神主さん、希さんと知り合いなの?」

「まあ、幼馴染みたいなもので」

「ふたりとも、この地元出身なんすか?」

「そうですよ。俺は大学から東京で、企業に就職したけど、親父が体調を悪くして、最近戻ってきたんです」

 本当は、継ぐつもりはそんなになかったんですけどね、とお冷を飲みながら付け足す。ちなみに、水にはミントが浮いていて、さわやかな香り。さすがおしゃれカフェ。

「なるほど。実は俺も似たようなもので。家業を継ぐのが嫌で、高校から外に出たんすけど、結局戻ってきちまった」

「じゃあ、リュウさんは平野庭園さんの息子なんですね」

 平野庭園がある場所は、俺や希の家とは町が違うから、学校も違って会う機会はなかったんだろうな。知らなかった。

「そうそう。就職失敗したし、子どもの頃から、木登り術は勝手にやってたし、もう造園屋でいいやと」

 なるほど。同じUターン組ということで、なんだか親近感がわくな……。

「で、本題なんすけど」

 リュウさんが、頬杖をついて軽く身を乗り出し、俺の目を見た。

 俺はちょっと身構えて、体を後ろに引く。

「神主さん、どのくらい見える人なんすか?」

 リュウさんは単刀直入に、そうたずねてきた。




 

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