第43話 見えることについて

「神主さん、どのくらい見える人なんすか?」

 リュウさんのその問いかけに、俺は一瞬言葉に詰まる。

 

 昔の嫌な記憶がよみがえってきた。

 子どものころ、森の八百万のものたちと話しているところを友だちに見られて「気持ちわる」「頭おかしいんじゃねえの?」などと、バカにされたことがあった。それ以来、俺は長らく神社からはできるだけ距離を置いていたし、家族以外の人の前では、見えるということを隠してきたのだ。

 最近は、巫女見習いの結衣ちゃんには、いろいろあって本当のことがバレているけれど……。

 リュウさんは、本人も「見える」人のようだし、俺が「見える」こともバレているから大丈夫だとわかっているものの、同年代の男に真正面から聞かれると、無意識で身構えてしまう自分に気づいて、俺は苦笑した。


 とはいえ、今さら隠しても仕方がないので、俺は正直に答えた。

「あの神社に住んでいるものたちは、見えますね」

「あそこはちょっと、特別すよね。俺にも見えたし。他は?」

 遠慮なくさらに突っ込んでくるリュウさん。

「ええと、あとは、細々したものがいろいろと……」

 お犬様をお迎えした後、そのご加護だかなんだかで、見える範囲が広がって、あちこちこちの街角でも気配を感じるようになってしまっていた。

「なるほど。かなり広く見えてるってことっすね」

 そう言いつつ、リュウさんが探るように俺を見てくるので、俺はあからさまに目をそらす。

 やがて、リュウさんが少し声を低めてたずねた。

「神主さん、もしかして陰陽師なの? 悪霊退治とかできるの?」

「へ?」

 ちょっと予想していなかった質問に、俺は変な声が出た。

 視線を目の前の男に戻すと、なんだかワクワクした目で俺を見ている気がする。

「いや、私はただのしがない神主でして……」

 しどろもどろで答える俺。

「お祓いくらいなら、やらせてもらってますが……」

 それも、お白様のお力を借りてのことだけど、とはちょっと言いにくい。

「おお! さすがすね!」

 リュウさんがますます身を乗り出してくる。

 あ、ヤバい。勘違いさせてしまった。

「いやでも、陰陽師とかではないから……」

「でも、除霊ができるなら、似たようなもんすよ」

 リュウさんが尊敬のまなざしで俺を見てくる。まあ、お祓いを除霊と言って、大きな間違いではないかもしれないが……。いやでも、ちょっと違うんだよ。

「俺もうっすら見えるけど、あいつらに干渉はできないんすよね。やっぱり神職の方はレベルが違いますね!」

 リュウさんが俺を見る目には、一点の曇りもなくて、それが落ち着かなくてソワソワしてしまう。だけど、嫌な気はしなかった。

 見えることがバレても馬鹿にされない。それは、子どものころの経験とそこから得た教訓を覆すできごとで、俺にとってはちょっと新感覚だった。

 世の中にはいろんな人がいるもんだな。

 否定するのも面倒になってきて、俺はそうやって片付けることにした。


「なんのお話してるの?」

 そこへ、希がお盆に料理をのせて運んできた。俺が頼んだのは和風サバカレーで、リュウさんは地鶏と季節野菜のガーリックソテー。

 おお、うまそうだ。

「神主さんがすごいって話っす。現代の安倍晴明っすね!」

 俺が料理に気をとられている隙に、リュウさんがそんな適当なことを言うので、俺はあわてて手を振った。

「いやいや。そんなことは断じてないから。零細神社のしがない神主だから」

「安倍晴明って陰陽師? 確かに、翔太くんって、昔から不思議なところあったし、そんな雰囲気あるよね」

 なぜか希までリュウさんのノリに合わせてそんなことを言いだす。

「なんと言っても、人智外のものが見え……」

「ああーー!」

 俺は大声を出してリュウさんの言葉をさえぎった。

「飯が冷めますよ! ささ、食べようか!」

「もう、私には聞かせてくれないの?」

 希は不満そうにしていたが、他のテーブルから「すみませーん」と呼ばれてそちらの対応へ向かったので、俺はほっとした。


 俺たちは気を取り直して、昼飯にとりかかる。

 サバカレーは、焼サバをほぐしたものに、豆やらレンコンの入った出汁風味のカレーで、マイルドなスパイスとよくあって、なかなか美味だ。こんな田舎に、こんなレベルの高いカフェがあったとは。最近の田舎暮らしブームの恩恵だな。

 料理を口に運びながら、俺はコソコソとリュウさんに向かって言った。

「リュウさん、頼むから、あんまり他の人には言わないでくださいよ」

「何がっすか?」

「だから、見えることだよ」

 俺が若干イライラしてそう言うと、リュウさんはきょとんとした顔をした。

「もしかして、隠してるんすか?」

「そりゃそうだよ。普通じゃないだろ。大体、信じてもらえないし」

 思わず敬語も忘れて、強い口調になる。

「あー、まあ、人によってはそうかもしれないっすけど」

 リュウさんはぽりぽりと頬をかいて、困ったような表情をしている。

「でも、神主さん、嘘ついてるワケじゃないんすよね?」

「そりゃそうだよ。そんな意味の分からない嘘をついてどうする」

「なら、いいんじゃないっすか? 俺は信じてますよ」

 リュウさんが地鶏をほおばりながら、あっけらかんとしてそう言ったから、俺は思わず毒気がぬかれてしまった。

 ……もしかして、俺は考えすぎなんだろうか。

 

 

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