第44話 夏祭りの相談

 俺はごほんと咳をすると、「それでも」と改めてお願いした。


「リュウさんが信じてくれるのは嬉しいけど、やっぱり、人には言わないでくださいよ。知らせる必要のないことです」

「……わかりましたよ」

 了解はしたものの、リュウさんはなんだか不服そうだ。俺はその様子に苦笑する。

「リュウさん、変わってるって、よく言われません?」

 俺の指摘に、今度はリュウさんが目をそらした。

「言われますね。就活で三十社受けて全オチしたんすけど、友だちには『空気読まなすぎる』って言われたす」

「企業は向いてなさそう」

「ふん。そんなことは、自分でも知ってるす」

 リュウさんは拗ねたように、頬杖をついて口をとがらせた。

 年上のはずなのに、あまりそんな気がしないのは、よくも悪くも、彼がピュアなせいだろう。

 ちょっと困った人だと思うが、俺は彼のことが嫌いではなかった。


 話の切れ目を見計らっていたのか、希がランチセットについている食後のデザートとコーヒーを運んできた。デザートは甘夏アイス。最近まで知らなかったが、うちの地元は甘夏推しなんだな。以前、奥山の婆さんにもらった甘夏ジャムも、この間道の駅に行ったら、お土産コーナーに置いてあったし。

「翔太くん。そう言えば、昨日お父さんが、神主さんと相談しないとって言ってたわ」

 済んだ食器を片付けながら、希が思い出したようにそう言った。

「総代さんが?」

「夏祭りの準備の話だって」

「……なるほど、わかった」


 今は六月で、梅雨が明ければ夏がやってくる。

 うちの小さなお社では、祭典というと、年に一度の夏祭りだ。

 山の水源を守る御祭神・白水龍神、通称「お白様」をお祀りする「水の祭り」が発祥だと言うが、地元の子どもにとっては、神社の麓に屋台が出て、参道沿いには提灯の明かりがつるされ、ワクワクする「夏のお祭り」だ。

 ちなみに、昔は水源の泉まで人々がお参りして、霊験あらかたな水を汲んで帰り、その水で口を漱ぐと、一年健康でいられる、なんて信じられていたとか。

 今もその名残なのか、お祭りの日には手水舎の水を汲んで帰る年配の人がいたような記憶がある。

 とはいえ、俺自身も地元を離れて長いから、実のところあまりよく覚えていなかった。

 この間、沖縄にいる親父から連絡があって、「祭用のおみくじや御守りは早めに用意しとけよ」と言われて、慌てて県内にある御守り等を専門で作っている業者さん「長尾製作所」に発注したのは、最近のことだ。


「お祭りか、いいすね。俺も手伝いたいっす。神輿担ぎますよ」

 リュウさんが身を乗り出して、手をあげる。

「残念ながら、神輿が出るようなお祭りは、別のもっと大きい神社でやるんですよ。うちの祭りは、山と水をお祀りする地味な『水の祭り』が発祥なんで」

 昼は氏子さんが集まって、お社で神楽を奉納する祭典を行い、夜には屋台が出て地元の人々が訪れる。ただそれだけだ。それでも、子どもの頃はその特別な雰囲気が好きだったな。手伝いに駆り出されて大変ではあったが……。

「でも、手伝ってもらえるとありがたいですね。御守り売ったり、いろいろ仕事はあるから」

「おし。なんでも言ってください」

「私もお手伝いする!」

 希も便乗して手をあげる。

「ありがとう」

 実のところ、ひとりで祭りを取り仕切るのは大変そうだなと、心配になっていたところだったから、ふたりの申し出はありがたかった。



 リュウさんとのランチを終えた後、俺は家に帰って副業のほうをひと仕事し、夜になってから総代さんの家へ打ち合わせに行った。

 案内されたリビングのソファでは、相変わらず三毛猫のミケさんが丸くなって寝ており、俺の顔を見ると『また来たの』とふてぶてしく言った。

 俺がすかさず、ペースト状になった猫のおやつ「猫ちゅ~る」を差し出すと、急にかわいい声で「あおん」と鳴いて、一心にぺろぺろと舐めだした。現金な猫だ。

 ひとしきりミケさんに貢物を献上してから、俺は総代さんと祭の相談を始めた。


 屋台に関しては、総代さんを始め町内会の人らが取り仕切ってくれるので、俺が直接業者とやりとりすることはなく、ただ計画を聞いてうなずくだけだ。

 一方、祭典の段取りは俺の仕事だ。

「今年は巫女見習いの子がいるので、その子にも出てもらおうと思ってます」

 結衣ちゃんは、今では巫女服の着付けもばっちりだし、何度か神楽を習いにお隣の神社にも通っていて、随分と巫女らしくなってきていた。それがきっかけで日本舞踊に興味を持って、本格的に習うことを考えているらしかった。

「それでは、来週末は町内会の会合をやりますので、宮司さんも出席をお願いしますね」

「はい、わかりました」

 小一時間相談をして、俺は帰ろうと腰をあげた。


 玄関で靴を履いていると、パタパタと希がやってきて、俺をつかまえた。

「昼間はどうも」

「こちらこそ、お店に来てくれてありがとう」

 希は何か用件があるようで、少しためらってから口を開いた。

「あのね、翔太くん。ちょっと相談したいことがあるんだけど」

「相談? 今から?」

「ううん。今日は遅いから。明日、お店がお休みだから、神社にお参りに行っていいかな? 神主さんとしての翔太くんに、相談したくて」

「……わかった」

 神主のとしての俺に相談とは、なんだろうか。

 とりあえず希と時間だけ約束して、俺は今度こそ総代さんの家を辞した。

 

 

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