第57話 裏事情

「あんたら、勝手に開発してるのか!?」

 誰かが声をあげると、作業服の男たちは「まさか、まさか」と手を振って、いかにもな愛想笑いを浮かべた。

「もちろん、地主さまからご了承の得られた場所だけ、造成を進めていますよ」

「うちの町の者が、賛同するとも思えませんがね」

 会長がこの場に集まっている人たちの顔を見回して言った。

 町の人たちは、うんうんとうなずいている。

 

 だが俺は確かに、この町の土地まで森が伐られ始めているのを見ている。

「川沿いの杉林は、大規模に伐採されていましたよ」

 俺が口を挟むと、作業服たちは面倒そうに顔をしかめた。

「神主さん、本当ですかね!? どの辺りですか」

 会長が眉根を寄せてたずねてくる。

 俺が昼間見た場所を説明すると、町の人たちが顔を見合わせた。

「そこは、わしの土地ではないな……すぐ近くだが」

 会長が腕組みして考え込んでいる。


「ああ、そこは弊社で買い取らせていただいた場所ですね」

 作業服の男がさらりと言った。

 ざわめきが大きくなる。

「誰だ、こんなやつらに土地を売ったのは?」

「去年の総会で、うちの町は開発に反対、ということで総意を得たではないか」

「その地主の名は?」

 誰かが作業服にたずねると、作業服はもっともらしく首を振った。

「プライバシーの問題がありますので、弊社からは申し上げられません」


「……もしかしてそこは、おととし亡くなった鳥飼さんの土地では」

 会長がはっとしたように言った。

「息子さんか誰かが相続したはずでは?」

「だが、鳥飼さんの息子さんも娘さんも、とっくに町を出とる。確か、東京におるんじゃなかったか」

「爺さんもおらんようになって、子どもらはなんも知らんから……土地を持てあまして、売ってしまったのか」


 俺は話を聞きながら、重い気持ちになった。

 このテッペン・エナジーのやつらは、あくまでも「合法的に」開発を進めているようだ。とっくに都会へ移ってしまった人にとってみたら、使えない山林を相続したところで、税金ばかりかかってマイナスだ。いっそ、売ってしまいたい。

 そこに「太陽光発電」という今流行りの「クリーンエネルギー」を作るため、という事業者が現れたら……喜んで売ってしまう気持ちは、わかる気がした。 

 かくいう俺だって、一度は町を出て長く東京に住んでいた身だ。土地を離れると、関心も薄れる。もし親も親戚もいなくなったら……それこそ「他人事」だ。


 俺たちがしんとしていると、作業服の男たちは「それでは、お邪魔しましたね」と踵を返して立ち去ろうとした。話は終わり、ということだろう。

「ちょっと待ってください」

 俺は一歩前に出て、男たちを呼び止めた。

「神社の井戸水が枯れてしまったことについては、どうお考えですか」

 作業服はちっと舌打ちが聞こえてきそうな顔で、振り返った。

「……その神社とは距離も離れているので、開発とは無関係かと存じますが」

「水脈は山の根で複雑につながっていると聞きます。白水神社はもともと、水の神をお祀りしている場所。水が枯れるのは、一大事なんですが」

「わたくしどもの開発が原因だという証拠は?」

 痛いところをつかれて、俺はぐっと言葉に詰まった。

「……無関係だという証拠も、ないと思いますが」

 なんとかそう言い返したが、俺の弱気を見透かされたのだろう。

 作業服たちは「また改めて、調査させていただきます」ともっともらしいことを言って、部屋を出ていった。


「……腹立つな」

 俺が思わずぼそっとつぶやくと、会長や総代さんにムラ爺など、町の人たちが俺の周りに集まってきた。

「証拠なんて、無茶なことを」

「無責任すぎる」

「だが、違法なことをしているわけではないし……」

 口々と交わされる言葉を聞きながら、俺はみんなに向かって言った。

「とにかく、もっと調べてみます。神社で水をなんとか確保するのが、一番の問題ですので」

 最悪、水道を引く工事が必要かもしれないな……。そう考えると、気が重くなる。ただでさえ赤字経営なのに……。

「そうですな。やつらに言っても、のらりくらり逃げられて、すぐには解決せんでしょうな。わたしもご協力しますぞ」

 ムラ爺がうなずいて、心強い協力を改めて申し出てくれる。


 これ以上、ここで話しても仕方ないだろうということで、集会は解散となり、町内会役員さんたちは、バラバラと帰宅していく。

 俺も帰ろうとしていると、会長さんに呼び止められた。

「しかし、神主さんは、さすが壮介の息子ですな」

 会長さんが、やさしげな笑みを浮かべてそんなことを言った。

「親父がどうかしましたか?」

「わしは壮介とは同級生で、長い付き合いがありましてな。やつに色々なものが『見えて』いたこと、知っておるのですよ」

 俺は驚いて会長の顔を見返した。

 まさかここに、山宮家の人間がもつ、『見える力』のことを知っている人がいたとは。

「『お犬様』と呼ばれている子犬も、きっとそうなのでしょうな」

「……ええ。信じられないかもしれませんが、あの子犬は『山の神』なのです」

 会長は驚くことなく、うなずいた。

「わしは何も見えないただの人間ですがね。神社の水のことも、きっと御祭神のことが関わっておるのでしょう」

「……ええ、そうですね。他の人には、言わないでください」

「もちろんですわ。騒ぎになりますからな」

「ありがとうございます」

「何かあったら、わしにも相談してください」

 そのありがたい言葉に、俺は頭を下げた。


 こんなところにも、『人ならざるもの』のことを、理解してくれる人がいたとは。

 その事実に、俺は恥ずかしいような嬉しいような、温かい気持ちになった。

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