第56話 作業服の男たち再び
紺色の作業服を着た男たちは、さも困っているかのように、眉根を寄せて会長に「不法侵入者」の件を訴えている。よっぽど、お犬様にどやしつけられたことが、悔しかったのだろう。
その被害者ぶった表情に、俺は腹が立ってきた。
だが、ここで怒っても不利になるだけだ。
俺は気を落ち着けて、まずは会長の対応を見守った。
「そうですか……それはお気の毒ですがね、うちの町の者だとも、限らないのでは?」
テッペン・エナジーの男たちのクレームを聞いて、会長が困惑したように聞き返す。会長が言うことは、もっともだった。なにしろ、現場は町の居住エリアからはだいぶ離れた、町境の山の中だ。
いや、実のところ町の者(俺)の仕業なのが、ちょっと申し訳ないが……。
作業服たちが、俺に視線を向けた。やはり、昼に会ったのが俺だとバレているようだ。
「もちろん、証拠があったわけではないのですが、今しがた、この町の方なんだと、確かめられましたよ」
「なんですと?」
「そこの、お若い方ですね。今日の昼、うちの敷地で犬の散歩をしていたのは」
町内会の人たちがざわついて、「神主さんが?」と俺を見る。
会長は俺のほうを向いて、困ったようにたずねた。
「あの人らの言っていることは、本当ですかね?」
俺は肩をすくめると、うなずいた。
「そうですね。半分は事実です」
俺はあくまでも冷静な声で言った。
「犬の散歩をしていたわけでは、ありませんが」
そこはきちんと否定しておく。お犬様の名誉のために。
「嘘を言うな! 犬連れだったではないか!」
「そうだ、それにカラスに話しかけて、おかしな振る舞いをしていた!」
作業服たちが、口々に俺を糾弾するので、俺は苦笑するしかなかった。
こいつらに何を言っても無駄だろうと、俺は会長に向かって説明する。
「先ほど説明したように、神社の井戸水が出なくなったので、調査をしていたんですよ。もしかしたら、山の開発が原因かもしれないと思って」
「理由あってのこと、ということですな」
「ええ。遊んでいたわけではありません。まあ、うちの神社の『お犬様』を連れていたのは、間違いありませんが」
お犬様の真の姿や、カラスと話していたことは、さすがに説明できなかった。町の人でも、きっと俺の頭がおかしくなったと思うだろう。
「なるほど、よくわかりました」
会長は理解の色を目に浮かべて、作業服のほうへ向き直った。
「この方は、うちの地元の神社の神主さまです。手水舎の水が出なくなったということで、その原因を探っておられたので、断じて悪ふざけをしていたわけではありませんですわ」
作業服たちは顔を見合わせた。
「だが、犬の放し飼いは条例で禁止されているはずでは?」
またもや、その理屈を言ってくる男たち。
なんでお犬様がお怒りになったか、まったく理解していないな。
俺がなんとか説明しようと口を開きかけると、会長が一歩前に進み出て、俺を制した。俺は大人しく口をつぐんで、彼に任せることにした。
「もちろん、町中での犬の放し飼いは禁止ですがね。うちは田舎ですし、私有地内でまで、制限はしとりませんよ」
会長は淡々と説明した。
「それに、他所から来られたあなたたちは、ご存じないかもしれませんがね。白水神社には神の使いとして崇められている動物がいるんですわ」
会長の言葉に、俺は少しばかり驚いた。地元の人たちが、そんな風に理解してくれていたとは、知らなかったから。
「犬が神の使い?」
作業服がふんと馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
ああ、お犬様が聞いていたら、ブチ切れそうだ……。
知らぬが仏とはこのこと。
「奈良の春日大社では、神の使いである鹿が自由に歩き回っているのは有名ですがね。同じことですわ。ですな、神主さん」
総代さんの確認に、俺は重々しくうなずいた。
「ええ。『お犬様』は、大口真神の化身として、当社では大切にさせていただいています。それに、神域である山から出ることはありません。犬のようでいて、犬ではありませんから」
俺の言葉を作業服の男たちは怪訝そうに聞いていたが、会長は対照的に、笑みを浮かべた。
「壮介を思い出すな」
「え、親父?」
予想外な会長のコメントに、俺は目を瞬かせる。なんでそこで親父?
作業服たちは顔を見合わてから、さらに反論しようと口を開いた。だがその前に、会長が手をあげてそれを押しとどめた。
「そう、それよりも、おたくらが出向いてくれて、助かりましたわ。お伺いせんとなと、思っとったところですわ」
会長の深みのある声に、作業服たちは身構えた。
「な、なにか」
「最近、うちの山の周りまで、開発されておるようですな。わしは先日、お断りしたはずですが」
会長の言葉を聞いて、他の人たちの間にざわめきが起こる。
どうやら、うちの町にまで開発の手が本格的に伸びていて、地主である会長にも事業者からのコンタクトがあったということらしい。
俺は事のなりゆきを注意深く見守った。
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