第55話 町の人たちとの相談
井戸の水が枯れ、お白様が消えてしまった。
その事実に動揺していた俺は、なんとか気を落ち着かせて考えを巡らせた。
「水が枯れた、というのは地元にとっても大きな問題だよな」
町自体には上水道が通っているから、誰も問題には気づいていないだろうけれど、知らせた方がいいのは間違いないだろう。
一方でお白様のことは、色んな意味でうかつには人に言えないと判断した。まず、夏祭り前に不吉すぎる。なにより、「なぜ御祭神がいなくなったとわかるのか」と問われたら、説明に窮するだろう。俺が見えること、白蛇のお白様のこと、八百万のものたちのことを明かしたとして、信じてもらえるかどうか。
とにかく、水のことはわかりやすい問題だ。まずは、「手水舎の水が出なくなった」ことを総代さんや町内会の人に相談しよう。
幸い、今はお祭り前の時期なのもあって、頻繁に集会が開かれていた。
今夜も集まりがあることを思い出して、俺は早速そこで相談することに決めた。
夜の八時ごろ、俺は集会に出席するために、スラックスとジャケットという服装に着替える。神事以外では神職の袴を着ちゃダメというルールがあるからな。
町の公民館は駅から少し離れた、町役場の側にあった。
「こんばんは~」
俺が会議室に顔を出すと、祭の実行委員を兼ねた、町内会役員のメンバーがすでに集まっていた。
「おお、神主さん」
眼鏡の氏子総代さんが、にこやかに俺を出迎えてくれる。
ちなみに、ムラ爺もいる。実は町内会の副会長だ。その他にも、最近やっと顔と名前を憶えてきた役員の人たちの姿がある。町内会役員の平均年齢は六十歳を超えているんじゃないかな。要するに、この場にいるのは、ほとんどが爺さん婆さんばかりだ。二十代の俺はダントツで若い。
会長さんは、六十過ぎぐらいの背が低くてがっちりとした男性で、この地元ではちょっとした地主であり、顔も広くて町内では発言権が強い人だった。
集会では、一週間後に控えた祭の進行の最終確認、前日の設営や役回りについて、誰かが持ってきた駄菓子を食べつつ、なごやかな雰囲気で話していった。
俺はその中で、平静を装って話を合わせながらも、内心では焦りを感じていた。
御祭神がいないのに、俺は空っぽの本殿に向かって神事を執り行うのだろうか。
祭が始まる前に、消えてしまったお白様を見つけ出さないと……。
打ち合わせ内容があらかた終わったときを見計らって、俺は「あの……」と話を切り出した。
「実は、ちょっと神社に問題が起こりまして……」
「問題? どうされたのですか」
総代さんはじめ町の人たちが、真面目な顔をして俺に向きあった。
「実は……手水舎の水が、出なくなったんです」
「なんと。神社は確か、井戸水を使っていましたよね」
「そうです。手水舎の裏に、水を汲み上げるポンプがあります。最近、水の出が悪かったんですが、今日はついに出なくなってしまって……」
町内会の人たちは、ざわざわとして顔を見合わせた。
「困ったもんですね。祭りの前だというに……」
「故障ですかね?」
「それが、ポンプが壊れているわけでなく……どうも、井戸の水が、枯れてしまっているようなんです」
俺がそう言うと、みなのざわめきが大きくなった。
「なんと不吉な」
そんな声も上がる。
「最近、隣町で山の開発が進んどるせいじゃないかの」
誰かがそう言ったので、俺はすかさず大きくうなずいた。
よし、ここにも俺と同じように考える人がいるぞ。
「そうなんです。俺も実は……それを疑っていて」
「明日、見に行きましょうかの」
ムラ爺がそう名乗り出てくれた。
「そうしてもらえると助かります」
俺はほっとして、頭を下げた。ムラ爺が来てくれるなら、百人力だ。俺の知り合いの中で、彼ほど頼りになる人はいないからな。いろいろ、謎も多い爺さんだけど……。
そのとき、会議室の入り口から、扉をノックする音が聞こえた。
「あのー、お客さんがいらしています」
会議室に顔を出したのは、町内会会長の奥さんだ。
「こんな時間に?」
俺たちは会話を中断して、入口の方を振り返る。
そこに現れた人物を目にして、俺は驚いて腰を浮かせた。
そこに立っていたのは、昼間、太陽光パネルの敷地で出くわした、作業服の男たちだった。
男たちは「失礼しますよ」と言って会議室に入ってくると、俺たちが話し合っているテーブルの側に立って、俺たちを見回した。
目が合うと、初めて俺の存在に気づいたようで、男たちはぴくりと眉をあげたが、すぐに目をそらした。
「いつもお世話になっております。テッペン・エナジーの者です」
男は会長に向かってそう切り出した。
会長は彼らのことを知っているようで、
「どうもお世話になっとります。こんな夜分に、どうされましたかね」
「いえ、ちょっと困ったことがありましてね。ご報告にと」
そこで、男たちが俺の方へ視線を向けた。
「最近、うちの敷地に犬を連れて不法侵入する人がいましてね。作業の邪魔をしてきて、困るんですよ」
そして、ちらっと俺ほうへ視線をやった。
明らかに俺のことを言っている。それにしても、嫌な言い方だ。事実に即しているようで……そこはかとない敵意を感じる。俺は反論の声をあげたいのを我慢して、拳をぎゅっと握った。
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