終章 夏祭りとその後
第70話 夏祭りとその後
気持ちよく晴れた青空の下、森の中にはセミの大合唱が降るように鳴り響いている。あまりにうるさいので、神楽の音楽までかき消してしまいそうな勢いだ。
そして、森に囲まれた白水神社のお社では、今まさに、祭りの神事がとり行われていた。
神主の正装として、冠をかぶり、青色の袍を着て——簡単に言うと、平安時代の貴族みたいな格好をした俺は、目を半分閉じて、龍笛に息を吹き込む。
しゃらん、しゃらん、と巫女鈴の静謐な音が響き、巫女装束をまとった結衣ちゃんが、なめらかな動きで神楽を舞った。
拝殿の座敷には、氏子会の人たちや町内会の主なメンバーが並んで座り、神楽の奉納を見守っている。
ちなみに、後ろの方ではリュウさんがカメラを構えて、動画を撮っていた。
「神社SNSに投稿しない手はないっすよ!」と祭が始まる前に力説していた彼は、最近、祭りの準備や神社の運営をボランティアで手伝ってくれているのだ。
結衣ちゃんがくるりと回り、巫女鈴がまた、しゃらんと音を立てる。
御祭神に奉納するための神楽。
祭壇の上には、とぐろを巻いた白蛇が鎮座している。
ちなみに、先ほどは珍しく弁天様が、こんな田舎のさびれた神社までお越しくださり、ちょっとだけ祭をのぞいていった。
『年に一度の大祭くらいは、顔を出しますわよ』
とは弁天様のお言葉。
彼女は日本全国で祀られていて、お忙しい方なので、すぐに他の神社へ向かってしまったけれど。
神々しい光の残像が、彼女が去った後も境内をちらちらと舞っていた。
そして、そんな神様らしい弁天様とは対照的に。
『おにく!』
神楽の最中なのに、お犬様が肉をくわえて拝殿の中に踊りこんでくる。
どうやら、参道の階段下に出ていた「からあげ屋台」のお兄さんから、わけてもらったらしい。
龍笛を吹いていた俺は、目だけで「ちょっとお犬様、大人しくしてくださいよ!」と訴えるも、お犬様は素知らぬ顔だ。
からあげをひと飲みにしてから、満足したように、お白様の隣にあがりこみ、偉そうに人々を見渡したので、参列者の間にくすくすと、笑い声がおこった。
この一見かわいらしい子犬も、うちの偉い御祭神なので、そこにいてもおかしくない……というかむしろ、神事の最中くらいは、大人しくそこに座っていてほしいんだが。
『白は真面目だね』
お犬様が、ちゃんと神楽の奉納を受けているお白様に対して、からかうように言う。お白様が、赤い目をきらりと光らせて、ちろちろと舌を出し入れした。
『……おぬしに言われたくない』
ちょっとちょっと。ここで喧嘩はやめてくださいね!
俺は気を取り直して、神楽の最後の一節を吹き切り、結衣ちゃんが一礼して、神楽の奉納は無事に終わった。
神事が終わって人々が解散した後、俺は総代さんや町内会会長と、しばらく雑談した。
「一時は、どうなるかと思いましたがね」
「水が戻って、よかったですな」
俺は深々とうなずいた。
「ええ、本当に」
雨で水脈が復活したのか、お白様が暴れてエネルギーが高まったのか、とにかく、神社の井戸はまた水が出るようになった。
だけど、今後のことを考えると、手水舎の水源のことは、考えた方がよさそうだ。
「あの鉄砲水と土砂崩れを機に、うちの町では正式に『メガソーラーの開発を受け入れない』という決定を、業者に対してしましたよ」
町内会会長がそう言った。
俺もその話は、ムラ爺から聞いていた。
「崩れてしまった山は、復旧工事と、来年には植林をする予定です」
「伐ってしまった森が戻るまでには、時間がかかるでしょうがね」
ちなみに、俺を置いて逃げやがった業者の男たちは、あの後、林道で車のタイヤがぬかるみにはまって動けなくなり、おまけに、そこにカラスの群れが飛来して、逃げるに逃げられなくなって、真っ青な顔をしながら、車の中で縮こまっていたらしい。
『私らが、とっちめておいたかあ』
後で、熊野神社のカラスたちが、嬉しそうにかあかあ鳴いて、報告してくれた。
あいつらも、たぶんこれで懲りたことだろう。
俺は会長たちと別れた後、藤棚の下に設置した仮設社務所に向かった。
のびのびとつるを伸ばした藤が、いい感じの木陰を作っていて、その下に設置したテーブルの上には、御守りや御札が並んでいる。
店番をしているのは、総代さんの娘さんで、俺の幼馴染でもある希だ。
巫女服姿の結衣ちゃんはその隣に座って休憩し、リュウさんがふたりの前に立って雑談している。
「結衣ちゃん、お疲れさま。ばっちりだったね」
俺が結衣ちゃんに声をかけると、結衣ちゃんはにっこり笑った。
「緊張したけど、楽しかった!」
『女子の神楽は、久しぶりだったな』
いつの間にかお社から移動してきて、御守の間にとぐろを巻いたお白様も、満足そうだ。
ちなみに、お犬様はちゃっかり、結衣ちゃんの膝の上に乗って、モフモフされている。
何はともあれ、無事に夏祭りを開催できてよかった。
手伝ってくれているみんなを見ながら、俺は改めて、ほっとしていた。
夜には参道に灯りがともり、屋台でにぎわい、地元の子どもたちや近隣の人たちが多く訪れることだろう。
今日は、いつもは静かなうちの神社が、多くの人でにぎわう年に一度の祭りの日だ。
そして、祭りが終われば、いつも通りの静かな、でも人ならざるものたちでにぎやかな日々が、また続くことだろう。
セミがわしゃわしゃと賑やかに合唱し、木漏れ日がちらちらと境内に揺れる。
森に囲まれた神社は今、明るい夏の光に満ちていた。
俺はそれを、誇らしいような気持ちで眺めた。
(終)
しがない兼業神主の、人と人ならざるものとの交流日記 さとの @csatono
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