第13話 神社インフラ整備の話

 おそらく日本人に一番馴染みのある桜「ソメイヨシノ」があらかた散って、しだれ桜が若葉とともに咲き始めていた。

 地面にむかって長く垂れ下がった枝に、少し濃いめの桜色の花が、なんとも風情があって美しい。


「普通の桜もきれいだけど、しだれ桜って、神社に似合うよな」

 俺がスマホを構えて写真をとりながらそう言うと、しだれ桜の下でくるくると踊っていた少女が、『そうでしょ、そうでしょ』と嬉しそうに笑った。花が咲き始めてエネルギーがあがっているのか、癖のあるふわふわの髪をおろし、ほおをピンク色に染めた桜娘は、なんともかわいらしい。

 ちなみに、画面の中には写っていない。


「こいつらが写真にも写ったら、絵になるのにな……」

 写ったら写ったで物議をかもしそうだが……。俺は残念に思いながら、撮った写真をチェックする。

 遠目に神社の本殿としだれ桜が映っている写真と、それに桜の花のアップの写真を選んで、俺は最近開設したSNSの神社アカウントに投稿した。


「白水神社では、しだれ桜がもうすぐ満開です……っと」

 そこに、町名や神社名、春、桜、などのタグをつけていく。

 

 神社あるあるをつぶやいたり、参拝の仕方を解説したり、神社の写真を載せたり。毎日投稿をしていると、少しずつ見てくれる人が、出てきているようだ。こんな田舎の無名神社のSNSをチェックするのって、どういう人なんだろうな……。

 ちなみに、最初にフォローをしてくれたのは、前にちょっとした恋愛相談を受けて以来、なんとなく仲良くなった階段ダッシュ少年だ。彼はときどき、「気晴らし」と言いながら階段ダッシュをしにきては、俺と雑談をしていく。SNSを作ったことを話すと、その場ですぐにフォローしてくれて、俺の投稿にも「いいね!」を押してくれる貴重な存在だ。


 俺はしだれ桜の下の石に腰かけて、スマホで作業を続ける。桜娘が不思議そうに、俺の肩越しにスマホをのぞきこんだ。

『これは何?』

「前に言ってた、SNSってやつだよ」

『あら、ここに私がいるわ』

 ふふふ、と笑ってしだれ桜の木を指さす。

「そうそう、これが写真ってやつだよ」

『人間はおもしろい力があるのね』

「力ってか、技術というか……」

 桜にとっては、魔法のように見えるのかな。俺たちは当たり前に使っているけれど、よく考えると写真とかスマホとか、文明の利器はすごいよな。


「しかし、やっぱり社務所が欲しいよな……」

 木の下で作業をするのも悪くないが、小さくてもいいから屋根のある社務所があったほうが便利だと思う。何をするにも、いちいち長い階段を上り下りして家に帰るのは、やはり面倒だ。疲れるし。


「せめて、ベンチでも設置するか。年配の参拝客も、座って休憩する場所があると嬉しいだろうしな」

 最近の俺は、神主としての日々のお勤めには慣れてきて、掃除だけではなく、少しずつ神社の環境改善に取り組んでいた。

 その第一弾として、先日は手水舎に人感センサーを取り付けた。今のご時世、節水は大事だからな。問題は、体温の高い動物にしか反応しないことで、お白様や苔の精が近づいても水が出ないから、彼らにはぶーぶー文句を言われた。水盆の水を使ってくださいと、なだめておいたが。

 

 それに、神社SNSの開設。神社での日常を発信していくつもりだ。

 まずはうちの神社の存在を広めないことには、経営が成り立たない。


『ねえねえ、いつお花見するの?』

 桜娘がうるさく俺にまとわりついて、たずねてくる。以前なりゆきで約束したことを、しっかり覚えていたようだ。

「花見と言っても、誘う人もいないしなあ」

『友だちいないの?』

 桜娘が、憐れむように俺を見る。

「ぼっちのお前に言われると、なんかムカつくな」

 しだれ桜は、神社の境内で一本きりしか生えていない。

『あら、私はお友だち、たくさんいるわよ』

「ほう、例えば?」

『メジロでしょ、雀でしょ、ミツバチでしょ』

 桜娘が指折り数えながら、何が嬉しいのかふふっと笑って、またくるくると踊り出す。俺はそれをぼんやりと眺めて、もの思いにふけった。


 仕事を辞めてこちらへ引っ越してきたときは、神社を継いでひっそり暮らそうと思っていた。地元を離れて長いから、連絡をとっている昔の同級生もいなかったし、ブラック企業での激務に疲れていた俺は、しばらく静かに過ごせればいい、と思っていたものだ。

 だが、実際に神主になってみると、誰彼と話しかけてきて、なんだか前よりも賑やかな気がするくらいだ。半分くらいは、人間じゃない八百万のものたちなわけだが。

 それが案外嫌ではない自分がいて、我に返ると不思議な気がした。


「おや、ダイレクトメッセージが来てるな」

 俺がぼんやりしている間に、SNSにメッセージが入っていた。知らないアカウントからだ。

 いわく。


『アルバイトで働きたいです』

 

 そこには自己紹介も何もなく、ただ一言そんな言葉が表示されていた。意表を突いた問い合わせに、俺はしばらく目を瞬かせた。

 アルバイト? 募集した覚えはないのだが。そもそも、バイトを雇うほどの仕事もお金もないというのに。


 こんな寂れた神社でバイトをしたいなんて、奇特な考えの持ち主は一体誰なんだろうかと、俺は首をひねるばかりだった。

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