53話 公式大会は浮かれすぎる(1)

 きたるeスポーツ大会の当日。

 俺は南と北浜さんを連れだって地下鉄に乗り、その最果てに位置する京都国際会館にやってきていた。


 日本古来の合掌造りと現代建築をミックスしたという特殊な建築様式で、ヘンテコな屋根な形を特徴的な建物なのだが、何といっても京都国際会館は京都が誇る日本で最初の国立会議施設。

 もちろん各国のお偉いさんが集まる首脳会談だって行われたことがある立派な建物なのだ。 

 

 と言っても、ぶっちゃけ一介の高校生が滅多にやってくるような場所ではない。

 今日のように大規模なイベントがあるときにわざわざアクセスを調べて行くようなところだ。


 地下鉄から直通する地下連絡通路を抜け、係員にチケットを提示して会場に入ると、そこは文字通りのお祭り会場だった。


「やってきました国際会館ーッ‼」


 会場の入り口に立った南がガバーっと両手を上げて雄たけびを上げる。

 やだちょっとお姉さん、周りの注目浴びてるじゃないですか恥ずかしい!


 いつもならすぐに南を抑えにかかるところだ。

 しかし、ここが祭りの会場だからなのか、奇異なものを見る周囲の注目もすぐに喧騒の中へと霧散した。


 とりわけ南の服装がある意味でこの場に一番ふさわしいことも、周りから変な視線を集めないことに一役買っているのだろう。


 トップスは青と黄色のインクをぶちまけたようなデザインのTシャツ。

 それこそ日常使いするには派手すぎる一品なのだが、このイベントにも出展しているイカした色塗りゲームに関連するデザインらしく、周りを見渡すと同じようなシャツを着ている人がチラホラ見受けられる。


 ちなみにボトムスは普通のジーパン。

 仮にも全身カラフルで来ようものなら隣を歩いてるだけで恥ずかしくなるところだったから本当に良かった。


「すごーっ! ひろっ、スゴーッ!」


 一方の北浜さんは慌ただしく周囲を見渡したり、遠くを見ようとつま先立ちになったりとせわしない。

 着ている服は花柄のワンピースで、無難かつ清楚な恰好なのだが、こちらは行動がどう見ても受験を控えた女子高生じゃないんだよなあ。

 この人は受験勉強しなくて大丈夫なんだろうか……。


 無邪気にはしゃいでいるふたりを見失わないように注意を払いつつ、入り口で渡された会場案内に目を通す。

 どうやらゲームの販促イベントのブースが会場のあちらこちらにあり、会場奥のステージで目玉となるイベントが行われるらしい。

 そのイベントのタイムスケジュールを調べていると、ひょいっと南が顔の覗き込ませてきた。


「河原ちゃんの試合は何時から?」

「えーっと、スマファミの京都大会はメインステージで13時からだな」

「ってことはまだ時間あるじゃーん! そしたら先に限定グッズ買いに行っていい? ていうか行こう!」


 返事をする間もなく、南はパシッと俺の手を掴んでグイグイ売店の方へと歩いていく。

 おーい売店に行くのはいいけど北浜さんへの確認はどうすんだ。


 心配になって振り返ると、北浜さんは一応うしろを付いてきてくれているが、その顔は明らかに拗ねた表情だった。

 ほら北浜さんの意見聞かないから機嫌損ねちゃったよ。


「北浜さん、なんか勝手に行程きめちゃってすみませんね」

「べつにそれはいいんだけど……南ちゃんとはいつもそんな感じなの?」


 そんな感じというと、南に振り回されっぱなしという意味だろうか?

 そういう意味ならいつもこんな感じではある。なのでうんと頷くしかない。


「いつもこんな感じです。困りものですけど」

「って言ってるくせに満更でもなさそう」

「えぇ、なんか当たり強くないですか……」

「べつに」


 北浜さんはそれきり口を尖らせてぷいっと顔を背けてしまった。

 うーむ何が気に障ったのかさっぱりわからん。

 普段ならここに河原がいて上手く北浜さんをとりなしてくれるのだろうが、大会が終わるまでは河原と別行動することになっている。

 これは特に気を引き締めておかないと収拾がつかなくなりそうだ。



 お土産ショップでしばらく品物を物色し、南はイベントのロゴがデザインされたTシャツを、北浜さんはゲームキャラクターの女の子が描かれたタペストリーなる布地のポスターのようなものを購入していた。


 最初はムスっとしていた北浜さんだったが、可愛い女の子イラストのグッズを買えてご満悦らしく機嫌はすっかり治っている。

 今度から対北浜用決戦兵器として女の子のイラストグッズを隠し持っていてもいいかもしれない。


 その後は新作ゲームの体験コーナーや展示物など、おそらくモデルコースだと思われる順路で主要な企画を見て回っていた。


 そしていよいよ大会の時間が迫ってきた。

 俺たちは散策を切り上げて、ステージ前に用意されている観客席に腰を落ち着けることにした。


 客席のパイプ椅子に座って大会開始の時間を待っていると、左隣に座っている南がちょんと肩をつつく。


「河原ちゃんの勧誘ありがとね。正直ちょっと驚いてる」

「ぶっちゃけ俺もだ。もうちょっと苦戦するかなとは思ってたから」

「でも、その後も特にトラブルはなかったんだよね?」

「だな。河原の入部届も大会へのエントリーも結構スムーズだったぞ」


 河原の部屋でゲームをしたあの日に大会出場の協力を取り付けたあと、特にトラブルなくトントン拍子で事は進んだ。


 まず、その週のうちにeスポーツ部に事情を説明し、河原の仮入部届は無事に受理された。

 肝心の大会エントリーには、名前や住所などの個人情報を入力したゲームアカウントが必要だったのだが、それも既に河原が持っているものを使いまわすことができたので、無事に締切前に登録を完了させることができた。

 案ずるより産むがやすし、とは正にこのことを言うのだろう。


 右隣りに座っている北浜さんが遠慮がちな声で言う。


「でも、万智ちゃんとeスポーツ部の人たちとが打ち解けられるかはちょっと心配かも」

「「あー、たしかに」」


 俺と南の声がハモってしまって苦笑する。

 思えば、eスポーツ部に勧誘してきた生徒が河原万智であることを伝えたときの最初の反応は散々なものだった。

 全員が全員「冗談ですよね?」と言いたげでまるで信じていない顔をしてたくらいだ。

 なんなら、あの威勢が良かった岩田君に関しては本当に「冗談ですよね?」と言ってきた。

 正直に自分の気持ちを言えるのは偉いぞ。でも生意気なガキは嫌いだぞ☆


「しかも河原のやつ、eスポーツ部に入部してることはまだ公にしたくないらしくてな。自分のことを他所に言いふらさないように誓約書まで用意して俺に渡してきたからな?」

「万智ちゃんそれ大真面目にやりそう……」


 たははと北浜さんが呆れたように笑う。

 この場に河原がいないからこそ見れる反応だな。

 

「しかも、部員と実際に対面するのは今日が初めてのはずだ」

「そうなの? 万智ちゃん今朝めちゃくちゃ着込んで家から出て行ったよ? フード被ってサングラスかけてマスクしてた」

「初対面でそれはただの不審者なんだよなぁ……」


 察するに身バレ対策なんだろうが、そこまでやるのはハリウッドスターくらいだろ。

 そこまでして露出を避けたいなんて、本当に筋金入りの理由があるんだろうな?


「というか、部活側もいろいろ河原ちゃんの要望を認めてくれたってことだよね? めちゃくちゃ寛容じゃん」

「通信対戦のときに圧倒的な実力があることが分かったから、とにかく力を貸してくれるなら何でもいいんだとよ」

「うん、なるほど? まあeスポーツ部の人たちがいいならそれでいいんだけど」


 南が心配になる気持ちも分かる。

 ゲーム自体は個人戦の連続だが、そうはいってもチームの仲良さはそれぞれの士気に影響するはず。

 なのに当日になるまで一度も会わずに練習を続けるという河原の要望を認めてくれたのは少し意外だった。


 けれど、今となっては大会当日。

 そもそも俺たちが協力できる次元はとうに超えている。

 彼ら彼女たちが上手くやることを祈りつつ、俺は大会開幕の時間になるまで歩き回って疲れた身体を休めることにした。

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