40話 ガチ勢の勧誘は強引すぎる(2)
ようやくやってきたeスポーツ部員に招かれ、俺たちは部室に用意された簡易テーブルに腰を落ち着けた。
相手は男子生徒がふたり。そのうち、3年生の男子生徒が手短に自己紹介する。
「今日はわざわざ来てもらってすみません、部長の櫻井です。あと、こっちは一年の岩田です」
櫻井先輩に促されて、隣の岩田くんがぺこりと頭を下げる。
ふたりとも第一印象はごく普通の一般人。
ライトノベルの中でゲームオタクの設定がついたキャラクターが登場することがあるが、あれってやっぱり空想だわ。
ちなみに、eスポーツ部側には俺が同席する旨は伝わっていなかったらしく、俺は初対面で早々に「誰だこいつ?」と不審な目を向けられていた。
最終的には南が「調停役として連れてきた友達」と紹介したおかげで事なきを得たが、そのついでに司会進行役も拝命しました。
なんでこんな役回りばっかなんだチクショウ。
そんなわけで早速、俺は司会進行の特権を行使する。
まずはこれまでの経緯の確認だ。
「あらためて聞かせてほしいんですが、今回どうして部員集めをしてるんですか?」
「端的に言うと再来月の大会に出場人数を集めるためです。実はつい先日、その大会で実績を残せないと廃部にするという通達をいきなり受けまして」
「その出場人数というのは?」
「5人です。なのであと1人を探していて……」
前置きもなく初手からオープンクエスチョンはまずかったかと思ったが、部長の櫻井先輩は慣れた様子でスラスラ答える。
たぶんこれまでにも同じような問答を繰り返してきたんだろう。
俺はうんと頷いてみせたが、正直よくある話の1つだとも思う。
部活動としてある以上、そこに存在するだけで多少なりとも維持費用が発生する。
そのうえ部室や備品は有限だ。使わないのなら限りある資産を譲ってくれという外部の声もあって然り。
そうなると、全体最適のためには部員が少なく活動実績をつくれないなら廃部という結論になるものだろう。
ただ、そんなことは櫻井先輩も承知しているらしく、苦しそうに口を開く。
「もちろん人がいないなら廃部にするのは道理だと思います。……けど、いまの学校のやり方はあまりにも酷い」
「酷い……というと?」
棘のある表現が気になって訊ねると、それに勢いよく反応したのは一年の岩田くんだった。
「学校はわざとeスポーツ部に人が集まらないようにしてるんですよ!」
岩田くんはテーブルの上に学校のパンフレットを広げた。
その部活動紹介のページには、サッカーや野球、吹奏楽部などメジャーな部活の名前が写真やひと言PRと共に載せられている。
さらにページめくると、ついさっき校舎で見かけた鉄道同好会や写真研究会の紹介も載っている。
けれど――。
あることに気づいて俺が顔を上げると、岩田くんは恨めしい顔を浮かべていた。
「気づきました? このパンフレット、部活紹介のページがあるのにeスポーツ部のことは載せてないんですよ」
「うーん、たしかに名前ないね。でも印刷ミスとかじゃくて?」
南がひとさし指で部活の一覧をなぞりながら、素朴な声で疑問を口にする。
俺もまずはそれを疑ったが、そうではないと確信して首を横に振る。
「それは無いだろうな。写真を含めたレイアウトは自然になってるし、これは最初から載せない前提でデザインされてると思うぞ」
「俺も同じ考えです」
「でもそれって、まだここが小さい部活だからじゃないんですかー?」
岩田くんの相槌に被せるように、唐橋さんがギャルーんとした口調で問いかけた。
この子、オブラートに包むって習慣ないのかしら?
開口一番の相手の弱みをえぐる様な発言に肝を冷やしたが、櫻井先輩はむしろ苦笑しながら口を開く。
「たしかにそれも理由だと思います。なのでさっきの岩田の表現はちょっと過激だったというか、一方的に学校が悪いって言いたいわけじゃないんです」
櫻井先輩は、穏やかな口調で「岩田、言い方にはちょっと気をつけような」と諭してから続ける。
「ただこの部活が出来た経緯を考えると、いまの扱いはちょっど不親切だな……と」
「eスポーツ部ってけっこう最近できた部活ですよね。何か特殊な事情が?」
「これを見てもらえば分かるかと」
櫻井先輩の合図で岩田くんが取り出したのは、またも学校紹介のパンフレット。
よく見ると発行年度が違う。こっちは3年前のもののようだ。
そして同じ部活動紹介のページを見ると、なんとその扉のページにはeスポーツ部を設立したことが大きく取り上げられていた。
それを見た南がほえーと感心したような声を出す。
「なんかすっごいアピールされてるじゃん! 『これが自由で革新的な校風の象徴だ!』ってすごい謳い文句も書いてるし」
「そうなんです。eスポーツ部はちょうどこの年に学校側からの呼びかけでできた部活なんです。なので、こうやって外部にも大々的にアピールしてたんだと思います」
「え、それって、学校側が作りたくてeスポーツ部を作ったってこと?」
唐橋さんが半信半疑そうに眉をひそめて口にすると、櫻井先輩は首を縦に振って続ける。
「当時は今ほど勉強一筋って感じの校風じゃなくて、むしろスポーツとか芸術面での活動に力を入れてたらしいんです。その一環で当時流行り始めたeスポーツ部も作られたって卒業生から聞いてます」
「それにしても……、流行に乗っかって急に部活を作るなんてかなり強引ですね」
「まさにそのとおりです。というのも実は、急にこの部活が出来た本当の理由が別にあるからなんです」
櫻井先輩は俄かに立ち上がり、部室の棚にいくつか置かれているトロフィーの中でいちばん大きな物を持ってきた。
日付を見るとこれも3年前の物のようだが、日々手入れがされているのか眩く金色に輝いている。
そのトロフィーには唐橋さんも興味津々なのか、さっきからチラチラと視線を送っている。
本人は隠れて盗み見ているつもりのようだけど、それバレバレだよ……。
どうやら例のスマッシュ格闘ゲームの大会トロフィーのようだが、唐橋さんの素のキャラが危うくバレそうになるくらいにスゴイものなんだろう。
櫻井先輩は手元に引き寄せたトロフィーを愛しむような目で見つめて言う。
「これはeスポーツ部の初代部長が優勝したトロフィーなんです」
「その先輩、めちゃくちゃ強かったんですね」
「そうなんです。私がこの部に入ったのもこの人に憧れたからで、今でも大会を総なめしているような人なんです」
「その人とeスポーツ部ができた理由に何か関係が?」
俺が問うと、櫻井先輩は「信じられないかもしれないですが……」と前置きしてから告げた。
「この先輩がいたから、学校は先輩にeスポーツ部を作らせたんです」
聞きなれない表現に俺は首を傾げる。
部活ができる一般的な流れを想像すれば、まず生徒の要望があり、それを学校側が認めてはじめて部活が設立されるはず。
櫻井先輩の言いようを素直に受け取ると、まるでその因果が真逆の方向に向いていることになる。
すると、それまで黙って座っていた岩田くんが興奮気味に口を挟んだ。
「要はこの学校はeスポーツ部の実績を作ってアピールするために、その先輩を利用したんですよ!」
やや強めな語気を
「結局のところ、このeスポーツ部は学校の宣伝材料に利用されただけなんです。元から実績のあるゲーマーだった先輩を
「岩田、そのへんにしとけ」
櫻井先輩からピシャリと言われて、岩田くんはハッと我に返ったように「すみません」と口を閉ざした。
櫻井先輩は、岩田くんに代わるように穏やかな口調で続ける。
「表現は不適切だったかもしれませんが、私も岩田が言ったことと同じ思いです。実際のところ部活の管理はほとんどされてないのが実態でして。このとおり部室は物置、顧問は幽霊。大会に参加したときさえ、その実績も学校側は何も把握していないんです」
櫻井先輩に促されるように部室へ目をむける。
端的に言うとここは元・物置部屋だ。
使われなくなった教材器具や正体不明のダンボールなど、明らかにゲームとは関係がないものが部屋の隅に積まれている。
かろうじて、50インチほどのテレビとゲーム機、綺麗に片付けられたコントローラーたちだけがこの部活のアイデンティティを保っている。
どこか寂しそうな顔を浮かべた南が独りごちるように口を開く。
「それって多分、最近この学校が勉学重視に方針転換したのと関係してるんだろうね」
この学校は私立高校だ。
私立は公立高校と違って生徒数が十分にないと赤字経営になりやすく、だから部活動の充実や進学率の高さなどをアピールして、あの手この手で生徒をかき集めるのだと聞く。
たしかこの学校も、以前は部活動の多様さを売りにしていたと南が言っていた。
けれど、ここ最近は進学率の急上昇で生徒を集めるようになった。
それはどういうことか?
答えは簡単で、勉学一筋への急な方針転換がどこかでなされたということだ。
そして、そのしわ寄せをこういった部活が受けている。
そのうえ、ことeスポーツ部に関しては学校側のエゴで設立されたのだから、使い捨てにされたという被害者意識が芽生えて当然だろう。
「だけど、俺はこのまま部活を終わらせたくないです」
ひと言ずつかみしめるように、岩田くんは続ける。
「もともと部活結成の最低人数は3人。eスポーツ部はその基準を満たしてます。なのに、学校の都合で用済みになったから解散させられるのを黙って受け入れるなんて俺は嫌ですよ」
「岩田……」
櫻井先輩ははっとした顔で彼を見つめている。
彼を制そうと差し出していた手は静かに引っ込められる。
「ここは俺みたいなゲーマーが1番自分らしくいられる場所です。きっと今までの先輩たちにとってもそうだったから、今までこうして続いてきたはずなんです」
岩田くんの言葉はひどく断定的で抽象的だ。
けれどもそれを否定する言葉も
「そんな風に先輩たちが継いでくれたこの場所を、俺も次の後輩たちに残したいんです」
光り輝くトロフィーの光沢の中に、眩しいくらいにまっすぐな岩田くんの瞳が映っている。
彼はひと呼吸を挟んでから、真剣そのものの表情で続けた。
「だからお願いします。唐橋さん、eスポーツ部に入って一緒に大会に出てもらえませんか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます