41話 ガチ勢の勧誘は強引すぎる(3)

「唐橋さん、eスポーツ部に入ってもらうことはできませんか?」


 まるでプロポーズの一幕のように、真正面からお願いの言葉を送り、岩田くんがすっと頭を下げる。

 けれど、やはり唐橋さんは浮かない表情のまま。

 心苦しそうに口を開く。


「ごめん。同情はするけど、やっぱり入部するのはちょっと……」


 やんわりと、けれど迷いは一切感じられない拒否の言葉。

 きっと今の瞬間に誰もが決定的な破断を確信したからだろうか、どうにもやるせない空気が部屋に漂う。


 ここにいる誰も悪くない。

 岩田くんたちは大切な居場所を守るために必死になっているだけだし、唐橋さんにはどうしても譲れない事情があるのだろう。


 俺は岩田くんを刺激しないように慎重に言葉を選びながら口を開いた。


「えっと、他に入部してくれそうな当てはいない?」

「知ってる範囲だといないです。そもそも俺たちみたいなゲームの部活は敬遠されがちなので、なかなかクラスメイトの友達にも声は掛けづらくて……。それに大会で実績を残すためには、そこそこゲームが上手い人じゃないといけないので」


 言われてみれば、彼らが部員探しにつまづいているのはもっともだ。

 息抜きや遊びとしてゲームをしている生徒はいるだろうが、それを部活動として本気で取り組もうと言われたらほとんどの生徒は気後れしてしまうだろう。


「だったら例えばさ、無理に大会に出場するんじゃなくて、理不尽な通告を取り下げてもらうよう直談判するって考えは駄目なのかな」

「それは……」


 岩田くんは反射的に口を開いたものの、続く言葉はそこから出てこなかった。

 思いだけが先行して深い考えを用意していなかったのか、もしくは上手い言葉選びに迷っているのかもしれない。

 俺は努めて穏やかな表情のまま、続きの言葉を待つ。


 逡巡するような沈黙が過ぎた後、岩田くんがおもむろに口を開いた。


「やっぱり、学校に反抗して大事おおごとにしたくないですし……、部活の存続は別にしても大会に出られる部員はいた方がいいと思うんで、部員は集めたいです」

「なるほど、それは確かにその通りだ」


 学校が提示してきた通告が理不尽な内容だったとはいえ、相手は言わばルールを司る公の組織。

 通告撤廃を直談判したところで、あれやこれやと合理的な理屈で突っぱねられるのは容易に想像できる。

 だから現実的な現状打破の方法はひとつ。部員を募集するしかないわけだ。


「そうなると、やっぱり足りない部員を増やすしかないってことか」

「はい、やっぱりそれしかないと思ってます」

「後輩ばかりに喋らせてしまいましたが、部長としても同じ考えです」


 櫻井先輩が落ち着いた表情で言葉を添える。

 その様子を見るに、彼ら、ひいてはeスポーツ部としての意思自体はひとつになっているのだろう。

 南も唐橋さんもここまでの話は腹に落ちたのか、心苦しげに小さく頷いている。


 さてどうしたものか。

 今日の俺の目的はおそらくもう達成された。

 南が相談を受けている「唐橋さんへの勧誘の取りやめ」については、さっきの唐橋さんの反応を見て流石にeスポーツ部も諦めがついたはず。


 これ以上、俺たちがここにいる必要はない。

 要件は済んだから帰ってしまえばいいのだ。

 けれど、成り行きとは言えeスポーツ部の理不尽な現状と彼らの想いを聞いてしまった以上、ここで席を立つのはあまりに薄情な気がしてできそうにない。


 乗り掛かった舟だからというわけではないが、彼らの助けになることはできないだろうか?

 そんな風に頭を悩ませていると、櫻井先輩が浮かない顔でため息をつく。


「でもやっぱり、もう諦めるべきなんですかね……」


 櫻井先輩の視線の先には、棚に飾りれたトロフィーの数々。

 大小さまざまあれど、それらはすべて彼らの努力の結晶だ。

 部の設立の経緯はどうあれ、結成してわずかたった2年の部がこれほど実績を残せたのは、彼らがゲームに本気になって取り組んできた証拠に他ならない。


 それが、こんな理不尽な形で終わっていいのだろうか?

 どうにかして彼らの大切な場所を守ることはできないんだろうか?


 机に置かれた優勝トロフィーは、いつしか黄金の輝きを失って錆びついたようなオレンジ色に焼けている。

 その足元から伸びる過去の栄光を引きずるような長い影。


 それを手繰った目線の先に、慈しむような南の顔があった。


「鳥羽氏なら、どうにかしてあげられないかな?」


 困ったような、けれどなぜか期待するような眼差しがまっすぐ俺に向けられる。

 つられるようにして、櫻井先輩の、岩田くんの、唐橋さんの不安と希望がまぜこぜになった視線が俺に集まる。


「いや、なんで俺に……」


 思わずそんな言葉が口を突いて出る。

 俺はeスポーツ部の部員でもないし、彼らを助ける義理も義務もないから当然だ。


 なのに、彼女はまたも平然とした調子でとんでもないことを言い出した。


「鳥羽氏なら、ゲームが上手くて、eスポーツ部に入るのもやぶさかじゃない人に心当たりあるんじゃない?」

「いやいや、そんな都合がいい人いるなら――」


 反射的に否定しかけて、ふと頭の中に浮かんだ姿に言葉を奪われる。

 いつものクールぶってるくせに、まるでガキンチョみたいに無邪気な笑顔でコントローラーを握っていた彼女。


 たしかに彼女は彼らに負けず劣らずの腕前の持ち主だし、それでいて彼らのようにゲームに本気になることを恥とも思わないゲーマーなんじゃないかとは思う。

 けれど、揺るがない事実として既にその誘いは断られている。


「……それ、マジで言ってる?」

「マジで」

「確認するけど、昨日のこと覚えてる?」

「うん。でもまだ鳥羽氏が誘って断られたわけじゃないよね」


 性懲りもなく無理難題をふっかけながら、南はにんまり笑う。

 あーチクショウ。

 ……さてはこいつ、最初からこれをために、わざわざ俺をここに連れてきたんじゃねえか。

 そんな疑惑が確信に変わるのと、南が元気よく口を開いたのはほぼ同時だった。


「あの! ちょっと提案があるんですけど」

「南さんから? それはどういう?」


 唐突な提案に、櫻井先輩が困惑した表情を浮かべる。

 もう本当に嫌な予感しかしないが、もちろんそれを止める術は俺にはない。


「唐橋さんに代わる新入部員にあてがあるんで、よければ紹介しますよ」

「それ本当ですかッ!?」

「はい! この鳥羽くんが!」


 ババッと一同の目が俺に向く。

 やめて、そんな期待の眼差しで俺を見ないでくれ……。

 そもそもまだ紹介できると決まったわけじゃないのに、そんな大口を叩くのはマズいだろ!?


「南、まだ紹介できると決まったわけじゃ……」

「あーうん。だからさ」

「だから?」


 俺が眉をひそめて尋ねると、南は憎たらしいくらいに可愛い笑顔を弾けさせる。


「もし無理だったときは、代わりに鳥羽氏が入部するってことで!」

「おい待て、俺はそんなにゲーム強くないんだぞ」

「今はまだ、でしょ? これから2ヶ月みっちり練習すれば、足を引っ張らないくらいには上達できますよね?」


 南の問いかけに、櫻井先輩も岩田くんもノータイムでこくんと頷く。

 あ、これもうチェックメイトだわ。

 完全に南のプレゼンが成功してる。


 あれやこれやとくだらない言い訳は湧いてくるが、頭をガシガシかいて躊躇と一緒に頭の中から霧散させてふぅと息を吐く。

 成り行きとはいえ、ここで逃げて彼らを見捨てたりしたら、理不尽にeスポーツ部が切り捨てられるのを黙認しているようなもの。

 どうせ志願兵ボランティアなんだったら、やれるだけやってみればいいだろう。


「わかったよ、とりあえず俺は仮入部ってことでいいか?」


 その瞬間、部室がどっと歓喜の声に湧いた。


「ありがとうございます!」

「鳥羽さんパネぇっすッ!」

「鳥羽先輩、なんかすみません〜」

「よっ未来の最強ゲーマー!」


 調子良くおだてはやし立てられるのがこっ恥ずかしくて、冗談めかして睨みをかえす。

 こんな無茶な話を受けてしまったのは、南の勢いに根負けしたからなのかそれとも。


 ――ここに河原あいつがいる光景が、自然と脳裏に浮かんだせいなのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る